ヤスハルさん 6
その日は結局色々なところを食べ歩き、道中見かけたゲームセンターでぬいぐるみを獲って帰路に着いた。もう高校も卒業する歳だというのに、ヤスハルさんは僕を家の近くまで送ると言って聞かないので、好意に甘える形で一緒に電車に乗り込んだ。休日夜の電車はそれなりに混んでいたが、都心から遠ざかるにつれて人もだいぶ減り、僕とヤスハルさんは三人がけの座席に並んで座っていた。膝には大きなうさぎのぬいぐるみが、窮屈そうに袋へ収まっている。
「今日はほんとに楽しかったです。また、デート、してくれますか」
「もちろん。予定さえ合えば、いつでも」
ああそう、と言いながらヤスハルさんがコートのポケットに手を入れた。
「もっとロマンチックに渡すつもりだったのだけど」
どき、と心臓が飛び跳ねそうになる。が、出て来たのは指輪などではなく、ごくシンプルな腕時計だった。
「好みに合わなかったら、ごめんね」
「持ってないから嬉しいです。いいんですか?」
「もちろん。よかった、あまり人に物をあげた事がなくて。これでもすごく悩んだのだけど」
「僕からも、その」
渡す勇気が出なかったもの。ヤスハルさんと同じく、もっとロマンチックに渡すつもりだったが、このタイミング、というものは計画しておかなければならないようだった。大きなクリスマスツリーや花火のような、都合のいい場所へは中々立ち止まらない。僕は震える手で鞄の中から、ビロードの袋を取り出した。
「ゆ、指輪とか、まだ、早いですか……?」
声が上ずる。運動もしていないのに、息がぜえはあと上がってしまったのを悟られないように深呼吸した。ヤスハルさんは袋を受け取ると、中から指輪を取り出し、しばらく黙り込んだ。
「あの、やっぱり」
ヤスハルさんの事だから、突き返すような事はしないでくれるだろう、と気を大きくしてしまった後悔はあった。しかし、ヤスハルさんの口から出たのは意外な言葉と、表情だった。ほとんど泣きそうな顔で指輪を、かち、と薬指に嵌めてくれた。
「あ……」
「落としちゃうといけないから、あまり指には付けられないけれど、それでもいい?」
ヤスハルさんより先に、僕は感極まって泣いてしまった。ひどく慌てた様子でハンカチやらティッシュやらを差し出すヤスハルさんに謝りながら、僕は降りるはずだった駅を二つ乗り過ごした。
反対方向の電車に乗るために一旦降りて、ホームで電車を待つ間にようやく落ち着く。辺りに人はほとんどいなかった。
「ごめんなさい、嬉しくて」
「渡した方が泣いちゃうんだから、もう」
くすくすとヤスハルさんが笑う。
「改めて、もう一回言いますね。僕、どうしてもヤスハルさんが好きです」
鼻をすすりながらの、みっともない告白だった。一度目だって、それほど格好が付いていた訳ではなかったが。
「好きです。ずっとヤスハルさんの事ばっか考えてて、だめなんです。こんなに誰かの事を考えているなんて、最初で、最後で、ずっとなんです。ここ最近は、特に」
ヤスハルさんの表情は、線路向こうの繁華街の光で目まぐるしく変わって読み取れない。
「私は……」
永遠のような沈黙。乗る予定の電車のアナウンスが響いた。
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