ヤスハルさん  3

「人間と違ってそうそう劣化しないのだから、羨ましいよ」

「変化がないというのは、つまらないものですよ」

ある、男の家へ来ていました。ずいぶんと長いこと付き合いのある方で、名前を葛西かさいと言いました。私は彼が四十半ばの頃より、年に四度ほど、家に居座り話し相手になるのを、いわゆる副業としておりました。

「少し前の展示は、あれはいまいちだったね。『瑕瑾かきんなき』だったか。あれでは、透明である意味がない。画廊の趣味かい?」

「いえ、あれは合同展で、雇い主は無名の方らしく。まあ、使っていただけるのは、ありがたい事です」

葛西は他人を下げて話す事が趣味の、暴力的な男でした。それは恐らく私へのみならず、家族や部下などにもそうなのでしょう。家族はこの暴君を相手にわざわざ反発するような事もないようです。奥様は私が適当な相槌を打っているのを、彼の背後からじとりと睨み付けているのでした。

「金さえ貰えれば構わないのだろうけれど、ああも雑に飾られているようじゃあ今後の付き合いも考えものだな」

軽口、とは言い難い威圧的な声に辟易うんざりしながら、私は曖昧に笑って返しました。葛西は口癖のようにそれを言いながら、かれこれ二十年ほど私と付き合いをしているのです。


 葛西は私が家に来るたび、そのほとんどの時間を書斎へ閉じ込めておくのでした。部屋から出ることは許されず、また外との連絡手段も奪われ、私は一日の大半を、趣味の合わない本や中庭のつまらない景色を見て過ごしておりました。葛西の用意した、やたらに生地が多いくせに肝心なところが透けている、趣味の悪い衣装は足元に絡みつき、室内を歩き回る事をすら億劫にさせます。中庭に面した窓の、向かいの窓の向こう側から、奥様やそのご友人がくすくすとこちらを指差して笑っているのが見え、愛想よく手を振り返してやると、奥様は目に見えて不機嫌になり窓からぷいと離れてしまいました。からかう相手もいなくなり、いよいよやる事がなくなった私は、近頃よく話をするあの子について考えておりました。


 あの子と知り合ってからずいぶんと長く経っている事を、実感として理解したのは、この時が初めてだったかもしれません。どこにでもいる小さな子供だった彼は、そろそろ私の背丈も追い越しそうな所まで成長し、前よりも少し強気になったようでした。──屋台の最終日に迫られた時、私は、年の差も考えずに、彼と歩む人生を想像してしまったのです。告白の言葉と共に強く握られた手は熱く、目はぎらぎらと、そのくせ声は震えているちぐはぐな様子は、それだけならば笑いの種にもなったかもしれません。しかし笑えないことに、私もまた、あの子と同じ気持ちでいたのです。

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