マイちゃん 2
「おじさん、それで、マイになんのご用なの?」
「何のって……」
えんじ色のセーラー服の、白いリボンを整えながらマイは言った。もちろん答えは決まっているのだが、こんなにもやりづらいものだったのか、と後悔している。相手はダッチワイフだ、やる事をヤッても違法ではない、とタカをくくっていたけれど、とてもじゃないがその気は起きなかった。むしろ、服を着ているにせよ家の中に、そういうことが出来る、この年頃の子供が存在する、というだけで自分の事を殴りたくなってくる。高い勉強代だった、と向こう三年は後悔するだろう。
「……お、おじさん、マイちゃんと、楽しく暮らせたらなって」
届出を出してないから、まだ罪ではない。いっそ壊してしまおうか、という考えが一瞬頭をよぎるが、それはそれでひどく抵抗感があった。人間ではないにしろ、生きて、喋っている相手を?──もちろん、出来るわけがない。先程は疑った己の倫理観が、ゼロではない事に安堵する。
「……おじさん、さっきマイの事、やらしー目でみてたの、マイ知ってるよ」
ぎくり、と書き文字で出たかもしれない。あちゃー、という顔も添えて。思わず姿勢を正し、ごめん、と呟くと、マイはくすくすと笑った。
「マイね、自分がそういうものだって、知ってるから、大丈夫だよ。おじさんの好きにしていいの。本当よ」
人形のような瞳が、とろん、とこちらを見つめる。ような、ではなく、事実、人形であるが。
「おじさんのお部屋、えっちな本だらけだもんね。マイもこういう事、されちゃうのかなぁ?」
そこら辺に置いてあるエロ本をぱらぱらとめくりながら、マイは、きゃーと棒読みで言った。慌てて本を取り上げるが、そこら中に幼稚園児や小学生が、あられもないポーズをしている表紙がある。
「…………片付けるから、ちょーっと別の部屋に行っててもらっても……?」
「大丈夫って言ってるのに」
「大人として、こう、マズいかなって……」
今更すぎる恥じらいである。小学生型ダッチワイフと話している時点で。
エロ本を片っ端からしまって、ついでに着せるつもりだった、紐パンやバニー衣装、あんなオモチャやこんな道具をタンスの奥深くへ投げ込んだ。全速力で片付ければこんなにあっさりと片付くものなんだな、と変に感心する。無難な少年マンガと一緒に廊下で待たせていたマイを部屋に入れてから、あれこれと手続きや制度について調べていると、マンガに飽きたらしいマイが目の前にしゃがみ込み、何の前触れもなくズボンのジッパーに手をかけた。
「ちょ、ちょっと!!だめだよ!!」
ふにゃふにゃの柔らかくて小さい手をとっさに掴むと、マイはその勢いで、どて、と尻餅をついた。
「おじさん、マイはそういうお人形だよ?口の中だって、ほら」
あーん、と言いながら開いた口の中には、真っ白な歯と、小さな舌、奥へ続くいかにもな形の深い穴がある。非貫通式だ。リアルに造られているとはいえ人間のものよりも綺麗すぎて、正直なところ違和感は拭えない。
「マイちゃん、おじさんはマイちゃんに……そ、そういう事を、するつもりで、買いはしたけど……ええと」
もったいない、と思ってしまう自分が嫌だ。抱かない、と断言するべきだと思う気持ちはあれど、あわよくば、という気持ちを捨てるには、もう少し時間が欲しかった。
「する……かも……だけど、今はしない!から、マイちゃんはまだそういう事、やらなくていい!」
マイの両手をぎゅっと掴みながら、視線を合わせた。大人としての社会的責任を痛感する。断言しよう。実在児童に手を出す連中は、相当に図太い神経をしているか、どうしようもない悪党だ。
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