モノハイイヨウ

終電

モノハイイヨウ

大学生で就活中の俺が「ようやく面接までこぎつけた」と電話で言うと、ウキウキとした声で彼女は答えた。

「練習、手伝うよ」

せっかくの善意を無下に扱うわけにもいかず、それならお願い、と頼んだ。

彼女は今、俺の部屋にいる。


「おっ、結構片付いてんじゃん。前来たときは散らかってたのに」

「前は緊急事態だっただろ。しょうがないじゃないか。それに、いつも散らかってるわけじゃない」

「えぇ〜?本当〜?」

なぜそこを疑う。

「…お茶かコーヒー、どっちがいい?」

「じゃあ、お茶お願い。昨日全然寝てなくてさ。今、コーヒー飲むともう一生寝れなさそう」

そんな大袈裟な。

お茶を出すまでの間、彼女はキョロキョロと興味深そうに部屋を見渡していた。

そしてお茶を啜り、一言。

「私、面接官ね!」

「唐突だな」

「元々そういう用事でしょ?あ、まさかエッチな展開でも期待してた?」

いや、まぁ、ちょっとは…。とも言えず、はぁ、と曖昧な言葉を口にした。

「ほら、もう、やるよ?!」

「はいはい」

「ちゃんと姿勢正して!私、面接官だからね?一挙一動に神経尖らせてよ」

「無茶だよ」

「本日は我が社の採用面接にお越しいただき、ありがとうございます」

もう始まっているらしい。

「まずは、簡単な自己紹介をお願いします」

「〇〇大学、××学部四年、富田とみた夏流なつるです。えぇ…っと、大学ではWebマーケティングのゼミに所属しており、主に、SNSを使ったマーケティングの研究をしています。また、所属しているテニスサークルの活動にも力を入れており、大会などにも出場しています。えー、趣味は映画鑑賞で、友人などにおすすめの映画を勧めるのが得意です。…本日は、このような貴重なお時間を頂きありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」

「…ふーん。まぁまぁね」

まぁまぁなのか。

「分かりました。次に、あなたの長所について教えてください」

「…」

俺は急に言葉に詰まった。というのも、俺はあまり自分を良い人間だと思っていないのだ。

長所…。短所ならいくらでもあるのに…。

そんな俺を見兼ねてか、彼女が困った顔で笑いかけ、言った。

「考えすぎよ」

「だって…、自分の長所なんて分からないじゃないか」

「そんなことないわよ。…じゃあ、逆に短所だったら言えるわけ?」

「あぁ。もちろん」

ズボラで、優柔不断で、押しに弱く、大抵のことが長続きしない。あと、ファッションセンスが絶望的だよな、俺。お前と付き合ってからよく分かったよ。他には…

「ストップ!…多すぎ」

もう、苦笑いするしかなかった。

自分の短所を並べていくと、なんで目の前の彼女が俺を選んでくれたのか、訳がわからない。

「ざっとこんなもんだ。な?短所ならあるんだよ」

「…ズボラはおおらかとも言えるよね」

「まぁ、よく言えば、そうかもな」

「優柔不断は、一つ一つのものをとても大切に考えてるんだよ」

「押しに弱いのは?」

「相手の誠意を汲み取るのが得意、とか…」

「ファッションセンス」

「…独自の世界観を持ってる人って素敵よね」

なんだか、拍子抜けした気分だ。

なんだ。俺、いいとこあるじゃん。

晴子はるこ、ありがとう」

彼女がくすっ、と笑う。

「そりゃ、良かったわ」

俺も、つられて笑う。

ふと、彼女と出会った頃のことを思い出した。


「多方面から物事を判断することって、大切だと思うのよ」

「まぁ、そうだね」

「丸だと思っていたものが実は三角で、『あれ?もしかしてこれって円錐?』みたいなことって結構あると思うの」

…分かるようで分からない。

「だから、私の座右の銘は、他の人にとっても生きる上で最も大切なことの一つだと言っても過言ではないと思うのね?」

「うん」

「『物は言いよう』って、いい言葉だと思わない?結局、世の中の事って、大抵そうなのよ」

あっけらかんとした表情で言い放つ彼女が、妙に清々しかった。

自信に満ちた、無責任さすら感じるあの笑顔。

あのときの彼女と重なる。

あぁ、そうだ。このとき彼女に初めて惹かれたんだ。

…今までの自分を壊された、といってもいいのかもしれない。

目の前の屈託のない笑顔が、余計にそう思わせる。

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