本当はチョコレートが好きな子だから

 八月のお盆が過ぎたころ。各社メディアに通達があった。内容は、今や躍進を続け華やかしいスターを輩出する『演劇集団ブラックボックス』と、昨今メディアを騒がせた、津田源三郎と名前を変えていた井崎玄瑞が率いる『劇団ゆうぐれ突撃隊』


 この二つの劇団による合同演技演目による一か月の長期公演。そして場所は池袋にある、都内でも有数のキャパシティを誇る『池袋サンシャイン劇場』


 この発表を受け、世間は大いに賑わった。理由はこの二つの劇団が、同じ舞台に立ち、演劇をし、肩を並べると言うのであるから他ならない。実はこの二つの劇団の溝は大きいとされる。先日も各社メディアがこぞって報道し騒がせた、津田源三郎の存在。そして共に明るみになった事実がある。それは嘗て共に同じ時代を過ごし、青春を謳歌し、同じ夢を追い、そして儚くも時代から消えていった“二人の男”が再び手を取り合わせた紛れもない事と、哀しき想いがあったのだろうという二つの事実。そして今の現実が再び二人の和解となったのかもしれない。


 今や伝説と謳われる大友勝利おおともかつとし監督、その映画は後世に『大友映画』と呼ばれ多くの人から愛され、世界中の映画監督に影響を与えたとされる人物で有名だが、名作を数々と作り上げた大友映画を支えたのが脚本家でもある『永井英介』である。そして映画を支えたもう一人の人物。決して忘れてはならない、日本映画界を支えた稀代の大女優でもある『神木百合』。大友のカット割りやそのセンス、永井のストーリー、そしてそれら全てを体現する神木百合。誰もがこの間違いのない三人が織りなす映画に、衝撃を受け、心を打たれ、心酔し、また憧れただろう。


 しかし、実はもう一人いる。大友映画に貢献した唯一無二の演出家が。名前は井崎玄瑞いさきげんすい。先述したが、今はしがない小劇団でもある『劇団ゆうぐれ突撃隊』の演出家として津田源三郎つだげんざぶろうと名乗っているのは記憶に新しいのではないか。そしてこの四人は大学の同じサークル出身でもあり、大友、永井、井崎に関しては小学生からの同郷同校同級だと言う。

 そして今回、この二つの劇団の織り成す演目は一か月と、割と長期に行われるが、劇中の中で三部作と言うのも発表されており、だという。昨日の発表会見では、自身が身を隠していたことや名前を変えていたことに対して、はっきりと「永井や大友との確執があった」と明言した津田源三郎。過去に何があったのか、はっきりとこの演目で語ると言った津田だが、存外世間の眼は冷ややかでもある。ファンからしたら、仲の良い大友ファミリーであってほしいと願っていたはずだが、全てを曝け出すと決めた二人の覚悟は如何なものか。


 公演自体のタイトルや、現時点での主だったキャストの発表は未だないが、『演劇集団ブラックボックス』所属であり、来年から始まる大河ドラマの主役を務める『河上進かわかみすすむ』や、同ドラマに出演する『芹沢新菜せりざわにいな』が既に抜擢されているとの声も聞く。もし、そうなればこの二人がメイン級の主役であることは間違いないが、噂に聞く役者が一人、『劇団ゆうぐれ突撃隊』にその二人にも引けを取らない役者がいるとも、筆者は聞いている。


 どちらにせよ、生まれ続ける後続の新星達に日本映画界伝説の二人が再び手を取り合うの喜ばしい事であるが、配役などで揉めずに、これを最後に、手を取り合って欲しいものである。


桐村孝きりむらたかし





「よーう。相変わらずこんな湿っぽい所で飲んでんのかよ。夏に、おでんて」

「これがいいんだろうが。暑いのは納得だがな。それにこの店はあまり酒も上手くない」

「相変わらずマゾヒズムだな。あ、冷酒ね、俺は」

「てめぇは、相変わらずのサディストで。俺は熱燗でな」

「ちょいっと、待ってもらおうかお二人さん。不味い酒も、暑いのも、嫌なら帰んな!」

「ほらぁ見ろ、英介えいすけ。五郎丸さんが怒ったじゃねぇか」

「おめぇが言ったからじゃねぇか」

「先に言ったのは、おめぇじゃねぇか」

「おい、こら。酒もおでんも出さねぇぞ。“今の俺はさち子だ”。もう一回、ライトクロス手前等に打ってやろうかぁ!あぁん!?」

「ごめんごめんて、さち子さん。悪ノリが過ぎたよ」

「悪いのは、英介じゃねぇか。あの夜は思い出したくもねぇ」

「はは、本当に。こっぴどく、俺も井崎も大友と怒られていたなぁ。五郎丸、いやイルカに」

「もう……どちらもその名前は捨てたわ。とりあえず乾杯しましょうか、三人の久しぶりの再会なんだし。何年ぶりかしら?」

「さぁ、忘れちまった」

「あら、津田さん。さっきまで“きっと十年ぶりくらいだ”だって、はしゃいでたじゃない」

「おいイルカ! それ言うの反則だろ!」

「なんだなんだぁ、会いたかったのかよ井崎。それにきっと八年くらいだよ」

「あらぁ、さすが英ちゃん。まっ今日は久しぶりの再会を祝して乾杯ね!」

「一人、いねぇがな」

「英介、それは五郎丸さんの前で言うな」

「元気してんのかぁ? あいつ」

「今や、立派な座長だよ」

「小さな、しがない劇団のだろう?」

「相変わらず皮肉が好きだな」

「それをお前もな」


 東京JR総武線にある両国駅。近くにはお相撲で有名な両国国技館とかがある。あとは隅田川。夏には花火大会が開催される有名な所だ。下町風情溢れる良い街であった。その両国駅東口すぐ出たところに“五郎丸”さんならぬ、“さち子”さんならぬ、映画界を長年支えた『イルカ』と言う名で喝采を浴びた役者が切り盛りしているのが、この屋台のおでん屋だ。彼(彼女)もまた素晴らしい役者であるのである。最初は何も知らなかったが。


「でっ、もう長くはないのか。井崎」

「まぁな」

「笑顔で言うなよな、まじで」

「最後だからよ」

「……俺はお前の事を嫌いだよ」

「へん、俺も嫌いだ」

「なんだ、その返し? お前、誰かに最後の最後に、影響されたか?」

「もう見たろ」

か。悪いが、ここからは仕事の話だ。主役級の役は全部ウチでいただく。未来があるんでな、劇団の」

「あらぁ、暑い日に熱い話をしてるわねぇ」

「イルカ、少し黙っていてくれ。今だけは。俺は井崎と話している」

「はいはい、分かったわよ。昔からその状態に入ったら“誰にも止められなかったもんねぇ”」


「俺がなんでお前の話を受けたと思う? しかもお前の自伝ときた」

「思っていることは俺も同じさ。だからだろう」

「……ああそうだ。何時の日か、劇団は、潰れる。映像に全てを持っていかれちまう。残るのは伝統芸能に守られた歌舞伎だとか、大手の歌劇団だけだ!」


「……大衆舞台演劇でもない、俺達が求める娯楽の舞台演劇は消えちまうよなぁ」


「そうだ! 最近ではお笑い漫才もある! それを模した演劇も! もう今となっては主流だ! 劇場に、劇団に、どれほどの力があろうか。役者もそういった“タレント”を起用する」

「だから、舞台役者を。確かにそれで成功しているやつもいる。でも蓋を開けてみろ、英介」

「――分かっている! ひどい事になっているのも! 演技の質が落ちているのも! 俺達はな、大戦犯なんだよ! 役者の世界からしたら! 映像の世界に希望を与えちまった。誰もが神木の様になれないと知っていながらも……」


「そこまで、ね。二人とも。哲学と一緒よ。芝居論、演劇論に正解なんてないわ」

「……すまん、さち子さん。井崎よ、最高のお前の最後の舞台、俺がきっちり書いてやるよ」

「あらぁ、ここまで正直に言う英ちゃんは珍しいわね」

「それは、ありがたい。永井にしか託せない仕事だ。だからどうか頼む。今回だけは

「……出来ぬ相談だな。――垂水たるみさくらという“人間”は、貴様ではない。今の所はな」


 1999年8月17日。夏の終わりをもう直にと知らせるように、きっと都会でひぐらしは鳴いた。後に俺は、この日に三人の偉大なる三人が何を話していたか聞いた。ご教示いただいたのは、勿論の事この日の二人の会話を聞いていた五郎丸さんである。少しだけ泣いたのを覚えているっけか。津田さんは馬鹿だから、嘘をつくのがうまくて、でも下手で。馬鹿だよなぁ、津田さん。今でも覚えているんだぜ。どうせなら、もっと永井英介に売り込めって、友達なんだろうって、思ったけかな。










 ――「きゃー! また藤堂とうどう君に、変な目でまた見られてるぅ」。俺に言葉を投げ掛けた彼女は、当時の俺の好きな人だった。俺はその後、何もかもが許せなくて気が狂ったっけ。人生も何もかも。

 こう見えてだが、俺は人と話すのが凄く苦手なのである。ましてや人前に出て話すのなんてもっての他だ。でも、人と関わりたかった。でも、関われなかった。原因は生まれ持っての体質のせいなのだろう。体質といっていいのかも、分からないが。


 と言うのも、俺はと言うもの人間は、どうやら眼が可笑しいらしい。奇妙な視点をしているらしい。それのお陰で昔から『お前は化け物』だとか『目玉のオヤジの失敗作』だとか散々な言われようだった。

 俺はどうやらひどい“斜視しゃし”だったようだ。左右の視点があっておらず、子供の頃は本当に難儀したなぁ。それでいじめられるし、それでも性格が負けん気だからよくケンカもした。医者には眼球をコントロールすると直るとかも言われったけぇ。俺は「なんで直さなきゃいけないんだ?」。とも思ったなぁ。そう、俺は元からの性格なのか、それとも環境がそうさせたのか、とにかく捻くれていた。

 で、中学生になって好きな人が出来て頑張ったんだけど、言われた言葉が冒頭のそれ。そっから不登校。実は心は弱かったのかもなぁ。親も僕のせいで喧嘩するしで、とにかく居心地の悪い環境だった。この俺こと藤堂長助とうどうちょうすけの暗いくらい人生の始まりのはずであった――。


 でも俺はある日、出会ってしまった。全てが嫌になっていた俺に、毎日が無気力だった俺に、もう誰とも話さないと決めていた俺に。

 ある夜、自分が自分であるのに耐えきれなくなった俺は、夜の街に駆け出した。少し高揚したかな、躍動と言うべきか。家を勝手に抜け出し、深夜の地元。あの清々しいほどの夏の夜空は今でも覚えている。夏の風を切り、俺はただひたすらに突き進んだ。やがて辿り着いた小さなライブハウス。小汚いライブハウスで、クラシックギターとマイク一本でただ思い述べるだけの人がいた。綺麗な長い金髪をしていて、凄く凄く綺麗だった。その場に似つかわしくないその女性に俺は人生で二度目の一目惚れをした。何度か目が在った。というか俺はというものずっと見ていたから、そりゃあ目は合うかもしれない。


 その金髪で綺麗で可愛いくて儚くて、好きな所を上げればきっと“キリが無い”女性こそ、俺が愛して止まないミリンさんなのである。この後、俺はミリンさんに誘われ『劇団ゆうぐれ突撃隊』に入団するのだが、この辺りはまた今度言おうと思う。言えばキリの中のキリがなくなるからだ。好きな人の話はずっとしたいものだが、これはこれでミリンさんに怒られるのである。困ったものだ。

 入った劇団は、皆良い人で俺の眼の事なんて誰も気にもしなかった。むしろ山北やまきたさんや玄爺げんじいなんかは面白がっていたかな。でも嫌味ではない、は舞台演技で凄く使えるって。なんだかなぁ、初めて短所を長所に誉めてもらえる人達と初めて会ったなぁ。



 あ、そうそう。“いくら何でも”大体はこの俺の眼の事を言うのね。ミリンさんも、津田さんも、座長も言ってたし。でもがいる。


 そいつさ、俺と同い年でさ。俺を見ても何も言わないんだよ。それどころか俺の芝居を見て感動してやがるのよ。同い年なのに。知らないふり見ないふりをしてしるんじゃないの、“俺の演技を見ている”んだよね。変な奴だよ、マジで。



 そいつの名前? あまり言いたくないなぁ。でも俺は初めてミリンさん以外でコイツの為に何かしてあげたいって思ったな。それこそ、コイツを救う為なら、渋谷の交差点で裸踊りをしてやりたいって、誰かの為に初めて損をしてもいいなぁって、思ったんだ。

 今やと言えばの、あいつだよ。『垂水さくら』。――なぁ。お前だよ、お前。お前なんだよ、ゆうぐれ突撃隊はさ。お前がいないと始まらないんだよ、きっと何もかもさぁ。

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