狼たちのエチュード

「こんちわーっす」

「ちわーす」

「おう。なんだ二人とも、体調悪そうだな」

「やーすみません、大丈夫っす」

「全然大丈夫です。全然、やれます。絶好調」

「そうか、二日酔いだろ。顔にそう書いてある」

「ち、違いますよぉ加藤かとうさんー! 何言ってんすかぁそんなはずがない」

「そ、そうですよ。ちょっと俺も垂水たるみも気分が乗らないんですよ。あれ、五月病!」

「そうそれな、石田いしだ!」

「でも昨日稽古終わりに藤堂とうどうと三人で『うさぎ屋』行ってたろ、焼鳥屋の」

「……何故それを。で、でもすぐに帰りましたよ! なぁ垂水」

「そう帰りました! 九時には帰った!」


 昨晩、家に着いたのは朝日も昇った午前七時である。それもべろんべろんで。稽古は九時から……つまり俺達はほとんど寝ていない。というか、寝ていない。

 ちなみに、俺と大全たいぜんは劇団に入ってから俺が元から住んでいた両国りょうごく駅近くの家に二人で住んでいる。理由は、夜勤メインのバイトが難しくなった大全の給与も減り、当分劇団からの給料も出なく、二人とも一人暮らしが出来なくなった為である。勿論俺は元々から厳しかったが、家賃水道光熱費が折半になったため、俺自体は大変助かっている。

 ちなみにアルバイトは二人で新しく夕方から入れる個人経営の居酒屋でする事となった。急な休みにも対応できる仕事場だ。そう、両国駅近く路地裏を入った所にある“夫婦個人経営のあの居酒屋”だ。俺達の事情を知った、大将と女将さんが『それだったらウチに。最近忙しくて、二人じゃ回らないから働き手を探してて、是非とも』。ということで、俺達はその話に首を縦に何回も振った。


「九時にって、随分と早く帰ったな。藤堂は飲み始めたら止まらないのに」

「そうなんですよ、あの人絡み酒が凄いです。いや楽しいんですけど」

「もうめちゃ飲まされましたよー。俺も飲むんで、別に良いんですけどね」

「そうか。今日な、その藤堂がまだ来ていないんだよ。バイトは今日休みなはずだし、あいつが遅刻する時は飲み過ぎた時だけだから、遅かったのかなと思ってよ。まぁ九時に帰ったんなら直に来るか」


 俺と大全は目を合わせる。藤堂少年は本当に昨日は九時に帰った。でも、まだ来ていない……。ちなみに、ミリンさんから『俺と今日飲んだ事は絶対に言うな』と何故か釘を刺されている。それが何故なのかは分からないが、言えば殺すと言う。笑いながら言っていたが、あの目は本気だ。そう――昨晩、俺達は出会ってはならない人と出会ってしまった。結局あの後、ミリンさんに連れ回され何件もはしご酒をし、浴びる程テキーラとブランデーを飲まされた。そしてようやく解放され、家についたのが朝の七時だったのだ。ついでにほとんど寝ていない。


「加藤さんも藤堂さんとは飲むのですか?」

「昔は何回かな。俺はそんなに飲まないから。お前等準備しとけよ、十時には津田さん来てから通し稽古だ」

「へーそうなんですね! あ、はい!」


「それまでに体調はしっかり整えておけよ」。加藤さんは俺達にそう言って、アップを始めだした。加藤鷹かとうたか――愛称、加藤プロ。最初は俺達二人を邪険にしていたが、真面目に毎日稽古していると段々とその優しさを感じてきた。それこそ、最初は幸子ゆきこさんやミリンさんの代役とは認めないと面と向かって言っていたが、今は俺達に対する棘がなくなった。多分、少しは加藤さんに認められたのであろう。

 変人が多いこの劇団だが、加藤さんは唯一まともな人でると感じた。件の藤堂少年は多分未成年でオカマだし、噂のミリンさんは関わったらいけない人だった。津田つだのおっさんは言わずもがな、座長だって変な人だ。そもそも未だに本名が座長なのかどうかさえ怪しい。井上いのうえさんこと玄爺は基本無口だし、山北やまきたさんに至っては、照明器具を見ながら『これは良いねぇ……』なんて一人で呟いている。何が良いのかが正直分からないし、この劇団の連中は正直やばいと思った。でも、加藤さんだけは何かと“普通”だった。最初のつんけんした態度も本気で劇団と芝居と幸子さんを思ってのことだと知ったし、何より面倒見が良い。最初の印象とは打って変わり、俺達の良い兄貴分的な存在と感じるようになっていた。


「あれぇ、おかしいなぁ。減ってるよー“りんご”が。皆知らないかな?」

 俺達もアップ(柔軟体操)をし始めようとした折、座長が稽古場の二回から降りてきた。プレハブで出来ている簡素な作りの稽古場の階段は、今にも崩れ落ちそうな音をたてている。その都度、俺はこの稽古場は崩れないかと肝を冷やしている。まぁつまりボロいしプレハブなのだ。ここが事務所兼稽古場なのだから、幸先は正直不安である。


「りんご? あれですか、キッチンに置いてあった箱に入ってたやつ」

「そう、実家から送られて来たんだよね。後で皆に配ろうと思ってさ、そしたら箱が空いててさ、中身が半分以上ないの。誰か盗んだ?」

「いやぁ、俺が昨日帰るときは箱は閉まったままだったような。確か夜の七時くらいです」

「その後に誰か稽古場に来て勝手に持っていったのかぁ。もしかして垂水君と石田君? 給料出ないからってりんごを勝手に……」

「いやいや座長。こいつら昨日は俺より先に上がって、藤堂と三人でうさぎ屋に飲みに行ってますよ。多分、昨日は稽古場を出たのは俺が最後です」

「そうですそうです、いくら貧乏だからって勝手に持って帰ったりはしませんよ! それも一個ならまだしも半分以上も!」

「そうですよ、そうですよぉ、石田が言う通り。ってか座長ひどいな、平気で疑うじゃん!」

「そっか。いやごめんね疑って。実はあのりんご“良いりんご”なんだよね。実家のりんご農園から送られてきたやつで、高いりんごなんだよね」

「えっ、座長さんって実家がりんご農園なんですか」

「うんそうだよ。青森でね、言ってなかったかな?」

(聞いてないし、初耳だよ!)

「あれですよね、後継ぎいないから大変なんですよね」

「いやぁ、後継ぎはいるんだけどね……“私が”。でも継がないからさ、定期的にこうやって送ってくるんだよ。として。その気はないけれども」

「はぁ、なんか大変なんですね、座長も」

「だから早く役者として売れないとね! 誰が持っていったかはもういいか。稽古しよう、稽古!」

『はいっ!』



 座長の実家がなんと青森にあり、りんご農園だと判明した頃合いに、稽古場の建付けの悪い扉がガラガラと音を立てた。寝ぼけた顔した津田さんのご出勤だ。相変わらず髪は散らかっていて、少し禿げている。「はい、みんなおはよう」。津田はそう言いいながら稽古場に入って来た。そしてその後ろに見た事のある女の人。胸は相変わらず大きいし、スタイルは良いし、ミニスカートだし、髪は金色だしでド派手な姉ちゃんだ。うん、バッチリ昨日見た人だぜ。格好もそのまま。間違いなくミリンさんである。


「津田さんおはようございま――って、ミリン! お前、大丈夫なのか!」

「おー加藤、久しぶりだな。このミリン様がいなくて寂しかったろう、そんな顔してるぜ」

「どんな顔だよ。お前、足は大丈夫なのかよ」

「ああ、もう治った」

「治ったって、骨折だろう? 全治二か月って聞いたぞ。津田さん大丈夫なんですか? ってかなんで一緒に……」

「さっき、そこで偶然会った。まぁ、本人が治ったって言ってんなら大丈夫だろう。その事で皆に話がある。来て早々だが、集まってくれ。演出プランの変更だ」

 津田はそう言って皆をホワイトボードの前に集めた。いやしかし、まさか昨日の今日でミリンさんが来るとは思っていなかった。昨晩、会った事は絶対に言うなと言っていたが、どういう意図なんだろうか。とにかく初対面のフリをしないと。


「見ての通り、ミリンが今日から復帰する。その事でだが、ナレーション役は本来のミリンに戻す。ただし足がまだ心配だ……大立ち回りは出来ないだろう。だから、演出プランを変える。度重なる変更で皆には迷惑を掛ける、すまん。それから大全、お前はナレーション役から変更だ。役は脚本を練り直して何らかしら与えてやる。お前とさくらはこの劇にもう必要な存在だからな」

「あ、はい。俺は大丈夫っす。むしろ出来る気がしなかったんで、ちょい役でお願いします」

「控えめだねぇ、大全君は。セリフ覚えるのとか凄い早い方だよ? 活舌も良いし優秀だよ。さくら君はからきしだけどね」

「ぃやー座長、すみません。俺、暗記は得意じゃなくて……やっぱライブ感? が必要だと思いまして」

「大全、という事だ。悪いな。あっそうそう、ミリン。こいつら“二人”が前に言ってた新人な。アホそうな顔してるのが『さくら』で、バカそうな顔してるのが『大全』。……大全たいぜんって今思えば変な名前だよな。実家がお寺か何かか?」

「いや誰がバカそうですか。普通の家ですよ、名前はまぁ確かに、昔から言われますよ。“垂水と一緒です”」


「“さくらは女の子みたいな名前”だから昔から周りにいじめられてたんだよなー? 大全も一緒で、大学時代に知り合った二人はそんな共通の過去のトラウマで仲が良くなったんだよなー?」

 ふいにミリンさんが昨日話した俺達の思い出を話し始めた。いやいや、初めて会った設定は? 会ってないと言えといったのでは? おーいミリン、お前マジで何なんだ。


「会った事、あんのか?」

「ああ。昨日、朝まで一緒に新宿で飲んでたぜ。そういや長助ちょうすけは? あいつ昨日さぁ、俺を見た瞬間帰りやがったんだぜ。会ったら懲らしめてやらんと」

「おい。さくら、大全、どういう事だ」

「ち、違うんすよぉ……加藤先輩ぃ。何故か会ったことを言うなって口止めされてたんす……会ったのも偶々で、無理やり朝まで連れまわされたんすよ!」

「そうです! 垂水は楽しんでいましたが、俺は早く帰らないとマズイのではないかと再三注意はしました!」

「お前、よくそんな嘘を平気でつけるな! 朝までに街の酒を全部飲み干そうって叫んでたの石田じゃねーか!」

「はいはい二人とも、醜い争いはやめない。この世界はね、問題が起こった以上どちらにも非はあります。まずは己の非を認める事、そして相手を許す心を持つ事」

「おう、なんだか坊さんみてーだな、座長」

「“ミリン”。幸子ゆきこのところにお見舞いに行っていたのですか?」

「何で分かった。さっきな……元気だったぜ、あいつは」

「それは良かった。“りんご”はあなたですね」

「そう、よく分かったな! 実は隠し通そうと思ってな、それで昨日そこの二人に口止めしたんだが、よくよく考えると幸子から絶対漏れると思ってな。ほら、幸子って何でも言うじゃん? だから今日は復帰にきたんじゃなくて、自首しにきた。ごめんな座長」

「正直でいいですね、ミリンは。後で覚悟しておきなさい」


 その日、後になってだがミリンさんは座長にしこたま怒られたらしい。二時間の説教で、骨折しているのにずっと正座させられていたとか何とか。ちなみにこの後すぐに、俺と石田も加藤さんにそれぞれ一発づつゲンコツを喰らった。とても痛かった。



「ああー、座長。そろそろいいかな、稽古に入っても」

「すみません、津田さん。どうぞお願い致します。ミリン、また後で」

「やだよ、すぐ帰ってやる」


「ああー、“さっきの演出変更の件”だが、当分はさくらと大全メインでの稽古でいきたい。この二人が一番の不安要素だからな。それにさくらは主役だ。重点的に鍛えないと間に合わない。本人の能力不足もあるが」

「能力不足って、そもそも主役とか無理だってば」

「大全は台本の覚えも良い。活舌もいいし勤勉だ。課題の外郎売ういろううりも覚えてきている。入って数週間でここまで如実に差が出るとはな、俺も思っていなかったよ。まぁ演技力、表現力に関しては二人ともてんで素人だが」

「だーかーらー、俺は暗記が苦手なの! それにこの劇団って基本アドリブなんでしょう? 台本覚える必要あるのかなって。脚本もころころ変わるし」


「阿保が。お前は何処まで阿保なのだ。藤堂と玄爺が言ってただろうが。脚本――つまり台本は全て覚える、覚えて動いてそれを完璧にこなす。そして“本番こそ”がお前達のとなる。そこで試されるのが、アドリブであり表現力と柔軟性だ。まぁ今のお前に何を言っても分かりはしないか」

「分かんねーよ! ばかばかばーか! 大体ね、人の事を阿保って言った奴が阿保なんだぜ、津田さんよぉ」

「今日から“エチュード”をやる。お前達二人は基本的に毎日これをやってもらう」

「はぁ、なに? ちゅー? 津田さんはやっぱりオカマか?」

「即興劇だ、アホさくら」

「アホじゃないですよぅ。ってか加藤さん、強く殴り過ぎ。頭にタンコブができました」

「少しでもアホが抜けるといいな」


「【即興劇エチュード】。ようは台本がない芝居だ。それの稽古。まぁつまり……好きに演技しろってこった。脚本もねぇ、演出もねぇ、あーだこーだ言う奴もいねぇ、自由な芝居だ。それの稽古」

「ほう、それはまたなんと。つまりはアドリブじゃねーか」


「やってもいねぇのに、随分な自信だな。いいだろう、まずはやってみろ。……そうだな、設定だけは与えてやる。季節は『冬』、時間は五分。五分の間に二人だけで物語を起承転結まで持っていけ。

「津田さん、さすがに五分は素人には長いんじゃ」

「見るに堪えないかもな」

「ほっ、ほっ、どうじゃろうか。ワシは見てみたいが」

「この二人ならいけんだろ! やらせようぜ、津田さん!」

「あ、照明やりましょうか? 藤堂君もいない事だし」

「いらねぇだろう、山北やまきたさん。どうせ、ひどい事になる」

「そっちこそ随分な言い様じゃねーか、津田のおっさん。俺の凄さ、見せつけてやる」

「じゃあやろうか。さっきも言ったが、台本はない。お前達二人だけで全て自由にしろ。合図をしたら始まる。舞台袖から出てこようが、もう出ていようが、何でもいい。とにかく好きにしろ。いいか、行くぞ」




 津田のおっさんは偉く頭ごなしだ。何だか腹が立つぜぇ、ぷんぷん。いいだろうやってやろう。エチュードが未だに何がなんだか分かっていないが、俺はやってやる。ようは“好き勝手に”やれってことだろうがよ。頭の中で俺のやる気は最高潮に高まった時、津田の合図が鳴った。よし、やってやろう。石田となら必ずやれるはずだ。とりあえず、座っておこうか。石田が何をしてくるか分からないし、何が起こるか分からないしな。


『……』

『ガチャ、おおー寒い寒い! 今日マジで寒いな! さすが師走の月末』

『……』

『おおー、どうしたんだよ、垂水。ほらこれ持ってきたぜ、“越乃寒梅”』

『……おお。それは、良いねぇ』

『だろ? ってかお前、なんかテンション低くない?』

『そうか? 気のせいだろ。しかし本当に今日は寒いな……月末、師走だからな』

『おう。さっき言ったぜ、それ』


(もう既にさくらがテンパッているのが分かるな)

(だね。五分も持つかな二人は。自由な芝居――“アドリブの怖さ”をまだ彼達は知らない)

(行けんだろ、お前等ならよぉ! 経験を引き出せ! 芝居は人生の経験値がものをいう!)


『それより、まだ出来てねーのかよ、垂水』

『なにが』

『なにがって、“鍋”だよ』

『……ああー、あれな、鍋な。それな』

『お前大丈夫かよ、しっかりしてくれよな。こっちは遠い所からきてるんだ。普通はもう出来上がってて欲しいじゃん? いや、俺からしたらだけど』

『ああ、それな。俺もそう思う。冬はやっぱ鍋だよなー、しゃぶしゃぶとかな』

『その、しゃぶしゃぶを今日やろうと言ってたじゃねーか』

『それな、そ、そうだった』


(もうこれ以上はきついか? さくらがやはり全然駄目だ)

(自由な芝居は、己の引き出しの多さが有無を言う。特にエチュードに於いては)

(引き出しも重要だが、頭の回転の速さ。場面を作る一瞬の空間認識能力と想像力――石田大全にはそれがある。だがさくらには)

(あるぜ、津田さん。もう知ってんだろ? あいつは


『早くやろうぜ、“鍋”。コンロも鍋も準備はしてくれてるじゃねーか』

『“石田”。鍋なぁ、出来ない』

『へっ?』

『いや、出来ないというか、無い?』

『いやあるじゃん、ここに。ああ、中身がまだってこと?』

『んーじゃなくて、だからない』

『いや、あのだからここにあるじゃん』

『じゃなくて、その鍋じゃなくて』

『じゃあ、なに』

『無いというか、出ない?』

『何が』

『水が』

『はい?』

『“だからな、水が出ない。蛇口あるだろ、あそこの。そう、それ。あれが出ない。どれだけ必死に回しても出ない。つまりな、水がない、というか水が出ない』

『……えーっと、つまり?』

『……



「はい! そこまで」

「なぜにストップ! まだまだ行けたのに」

「いやぁもう充分。ってかお前等、やっぱり卑怯だよ。それだろ」

「はい、垂水の家での実際に起こった事です。確か四回生のクリスマスの日だったっけ?」

「……俺は思い出したくもねぇよ」

「うわー、お前等、クリスマスに二人で野郎だけで飲んでたのかよ。しかも水道止まった家で。マジ笑えるし。電気とかは?」

「勿論、止まっていましたね。灯りは蝋燭の火だけだったな?」

「……もうそれ以上は言うな、石田」

「とにかく、二人はこれからエチュード稽古をメインにする。あとの皆は通常通りに。ミリンの脚本が完成したら、いよいよ通し稽古だ。一か月前でこの状態はかなりきついがな、まぁ行けるだろう。宜しく頼む」


「はぁ、なんか全然駄目だったわー。おれ、全然駄目だったー。なんか、頭が回らなかった。アドリブって難しいな」

「まぁ、最初はそんなもんだろう」

「でも加藤さん、俺と石田は同期なんですよ。……お前はいいねぇ、台詞も早く覚えれて。勤勉だもんねぇ」

「うわ、嫌味。垂水の京都人の悪い癖が出てる」

「二人ともまだ初めて一か月も経ってないんだからさ、皆からしたら優劣なんてないよ。だから、さくら君。あまり大全君と比べたらいけないよ。どんぐりの背比べみたいなものさ」

「ぅぅ、そのフォローが余計に心に来ますよ、座長……。いいよいいよ、所詮、俺は何処の世界に行っても落ちこぼれさ」

「ああ、もうさくら君! 役者に一番良くないのは“自己否定”だから! いつもの“さくら君”に戻ってよ――!」

「座長、このアンプなんですけど、今日も持って帰ってもいいですか?」




「ミリン、?」

「どうも何もを“俺に聞く”時点で、津田さんは嫌な性格だなぁ。答えなくても気付いているし、最初から知ってたんだろう? だからさくらを誘った。だから“あいつが主役”なんだろう? 俺に足りない物をあいつは持っているから」

「玄爺は、どう思う?」

「彼が、関西人だからとかは関係ないじゃろうなぁ。生まれ持っての才能じゃろう」

「役者の誰もが羨む【】か。垂水たるみさくら……身の上話や、しょうもない映画の話を聞いている時から感じていたが、エチュードでここまで聞かせるとは」

「最初はグダグダだったけどな! でもまぁ、あいつも多分知ってやがるぜ。他人にをな。タチが悪い事にあれは、恐らく天然物だ」

「演説、その天才じゃろうなぁ。ヒットラーかな」

「――そこに、石田大全いしだたいぜんという操縦役がいる。俺は“良いコンビ”見つけだぜマジで」

、良い顔をするようになった」


「……井上さん、タチの悪い冗談はやめてくれ」

「あは、そりゃいけないよ玄爺。“げんすい呼び”が出来るのは津田さん初恋の“ユリちゃん”だけだ」

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