シーン3 『桜舞う始まりのモンブラン ~おわりのはじまりは突然に~』
「あなたは、セニョール田吾作・一太郎!」
支部長室への新たな闖入者、それはセニョール田吾作であった。
あの事件を生き残った彼は、今ではY市支部になくてはならない優秀なエージェントだ。
その彼がこの事件を説明してくれる。
それだけで、この事態に光明が差してくる
「……頼むわ、セニョール。あなたならこの事件、紐解けるはず」
「えぇ、このテンションまだ続くんですかぁ……?」
ショウが心底どうでもよさそうに胡乱げな視線を彼に向ける。
「任せてほしいっす! 今回の事件、それはカイルさんがモンブランを買ってきたことが発端ッス」
「もうカイルさんを解放してあげてほしい」
「いつものように大量のマカロンを買いつつ、支部に戻ろうとしカイルさんの眼に飛び込んできたもの。それが何だったかわかりますっすか? ショウさん」
「ええ、また聞き役オレなの? ……モンブラン、なんじゃないんですかね?」
「そうッス! でもただのモンブランじゃないッスよ。それは春限定『桜舞う始まりのモンブラン ~おわりのはじまりは突然に~』だったんッス!」
「さっきのパティシエだろ! 恋愛小説風味からSF・ファンタジー風味路線に代わってるけど!」
「そう、あの伝説の『願いが叶うモンブラン』のひとつッス」
「摩訶不思議アドベンチャーでも始める気か?」
「何かに突き動かされるように、カイルさんはそのケーキを注文したんッスよ。ホールで」
「伝説のモンブランがホールであるんじゃん、伝説がホールであるんじゃん」
「そして支部に帰ってきたときにカイルさんは気づいたッス。あの『モンブラン独占摂取禁止条約』を」
「素直に、モンブランを食べすぎちゃダメって言ったらどうですかね?」
「このまま見つかっては問題になる。そう思ったカイルさんは、誰にも見つからないように持ち帰ろうとしたッスよ。でもそこで問題が起きたッス」
「そのまま持ち帰ってくれたらこんなことにはならなかったのに……」
「そう目撃者がいたッスよ。その名も、古明地こいし」
「こいしじゃん! こんなことになってるのこいしのせいじゃん! 犯人いたよ!」
「カイルさんの制止も間に合わず、彼女は支部長室へと走り、そして今に至るっす」
語り終えた田吾作へこいしがお茶を渡す。
喋りきりで喉が渇いていたのか、彼はそれを一息に飲み干していた。
「もう、いいじゃないですか。ホールで買ってきてくれたんなら、みんなで食べれば……」
「いえ、ショウさん、これは会議が必要ッス」
「ああ、そうだな」
三度、支部長室の扉が蹴破られた。
「……カイルさん? え、ちょっと待って、カイルさんもそっち側なんですか?」
右手に大きめの袋、おそらくマカロンが入っているのだろう、と左手にモンブランのホールケーキを持ちつつ、カイルがやってくる。
「これは、『第一級甘味摂取均等会議』が開かれるべきだ」
「だから素直におやつを食べようって言えばいいじゃないですか!」
「ショウさん、会議室の準備、頼めるッスね?」
「だからなんでそんな劇画調の雰囲気醸し出しながら仕事依頼してくんの!? やるよ! やればいいんでしょ!」
わあわあ、と騒がしく彼らが騒いでいる光景をナポリタンが微笑みながら眺めていた。
その隣にすっと近づいてくる影が一つ。
「あら、犯人さん。あっちに混ざらなくてもいいのかしら?」
「えへへ、犯人さんはまだやらなくてはいけないことが一個だけあるのですよ?」
いたずらっぽい表情を浮かべたまま、こいしがナポリタンの顔を覗き込む。
「寂しいの、なくなりました? ナポねえさん?」
にやり、と彼女に似合わない表情でこいしがナポリタンに尋ねた。
一瞬呆けた後、ナポリタンは笑みを浮かべてもう一度窓から空を見上げた。
角度の問題だったらしい。
ぽつんと浮いていたわた雲は、一人きりではなく、彼の後ろにはいくつかのわた雲が続いていた。
彼の背中を追いかけるように、一人じゃないよ、とそばにいるように。
「さあて、どうかしらね?」
こいしにそう返すと、ナポリタンは立ち上がる。
見れば、カイルもセニョールもニヤリとこちらに視線をよこしている。どうやら心配させたらしい。
……ショウだけが呆けた表情を浮かべているのはご愛敬か。となりでこいしがため息をついた。
「さあ! 皆会議よ! 『第82回 栗はモンブランの夢を見るか会議』! はじめるわよぉ!」
「なんか名前変わったんだけど! もういい加減にしてくれぇ!」
バタバタと支部長室を彼が後にしていく。彼に続いて出ていくエージェントたちがいなくなると、支部長室は無人となった。
空っぽの支部長室には、やはり、穏やかで、気怠い午後が漂っていた。
ダブルクロス……それは、彼らが歩んでいく穏やかな日常の物語。
* * *
『さあ! 皆会議よ! 『第82回 栗はモンブランの夢を見るか会議』! はじめるわよぉ!』
『なんか名前変わったんだけど! もういい加減にしてくれぇ!』
あの人たちは本当に……。
耳にはめたイヤフォンを外す。
以降、盗聴器はだれの声も拾わなくなったから、おそらく本当に会議を始めたのであろう。
「こっちは忙しいところだって言うのに。燃やされたいんですかね、あの人たちは……」
「し、支部長? どうなさったんですか、そんな怖い顔して……」
「いえ、特に何も。後、この案件ですが、Y市支部に回してください。担当領域的にはぎりぎりですが、あちらは暇そうなので仕事を分けてあげましょう」
「え"っ。いやでも、これは」
「なにか?」
「い、いいいえ! なんでもありません! すぐに回しますぅっ!」
小動物のような動きで彼女が支部長室から出ていく。
なにやら、怖がられているような気がするが気にすることじゃないだろう。私は有能ですから? そのうちなんとかなるはずだ。
「さあ、これで存分に燃えてくださいな」
数日後、他支部から回された仕事で寸暇を惜しんで仕事をするUGN支部があったらしいが……。
それはまた別のお話である。
【SS】とあるY市支部の日常【ダ/ブ/ク/ロ】 夜長月 @nagatsuki_gw
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