シーン2 『季節のベリータルト ~甘酸っぱいラズベリー初恋風味仕立て~』
「は?」
「なん、ですって……」
ナポリタンの声とショウの声が重なる。
そのあまりの事実に支部長室の静寂はさらに深くなる。
「え、ちょっと待って、えっと?」
あまりの事態に状況を飲み込めないショウが戸惑いがちにこいしに尋ねる。
「大変なことって、今日のおやつのはなし?」
「そうだよ! それ以外になにがあるっていうの!?」
「いや、ここはUGNだからもっと他に大変なことが──」
「……それは、一大事ね」
「……ナポねえさん?」
壊れたブリキ人形のように、ぎぎっ、とショウがナポリタンに視線を向ける。
「対策会議が必要ね」
「ええ、いますぐにでもエージェントを召集すべきです」
「ねえ、待って? おかしくない? おかしくない?」
「ええ、ショウちゃんの言う通り、これは確かにおかしな事態だわ。モンブランは二か月に一度のはずなのに、何が起きたというのかしら」
「そう、お菓子、だけにね、さすがショウ君」
「別にうまいこと言ったつもりはないんだけどなぁ!?」
情報量がショウの許容量を超えたのか、大声で騒ぎ始めた。
「ちょっと待ってください、ナポねえさん! なんでこんな緊急事態風なんですか! モンブランがどうしたっていうんですか!」
「そう、ショウちゃんは忘れてしまったのね、あの悲惨な事件を」
「……悲惨な、事件……?」
ショウの表情が変わる。
もしや、モンブランというは警察で言うガイシャやマルタイのようなものでUGNにおける隠語なのでは、とショウは考えを巡らせる。
つまり、これから語られるのはおそらくジャームが引き起こした……。
「そう、あの『9.20 ナポねえさんモンブラン食べすぎ事件』を」
「悲惨だった。そんなことを事件扱いしてるうちの支部の在り方が悲惨すぎだった」
「今でも忘れられないわ。あの時ほどY市支部の結束に亀裂が走ったことはないわね」
「今まさにオレの中で、信頼に亀裂が入っていますが」
「事の始まりは、カイルちゃんが買ってきたモンブランだったの」
「甘いもの関連だとあの人皆勤賞ですね」
「それを食べた瞬間、わたしは悟ったの。ああ、これを食べてはいけなかった、とね」
「オレもこの話に聴く価値がないんじゃないかと、悟り始めてますが」
「それからワタシは来る日も来る日もモンブランを食べていたわ。みんなが『季節のベリータルト ~甘酸っぱいラズベリー初恋風味仕立て~』を食べているときも、『春風香るラズベリーパイ ~出会いの季節の恋煩い風味~』を食べているときも」
「そこのパティシエさん、もうSSとか書いたらどうですかね?」
「ちなみに、タルトもパイもカイルちゃんに買ってきてもらったわ」
「カイルさんのメンタルブレイク事件に改名したらどうですかね?」
「私だけ、私一人だけずっとモンブラン。みんなと違うものを食べ続けたわ。一人だけ仲間外れ。それがよくなかったの」
「オレも今この空間で仲間外れなんですけど」
「よく言うじゃない? 同じ食卓で同じものを食べることで信頼が深まっていくって。それと逆のことが起きたのよ」
「つまり、モンブランがおいしすぎて一人だけ違うもの食べてたら、仲間との心が離れていったと」
「……ええ、そうよ。さすがね、ショウちゃん」
「こんな嬉しくない称賛はじめてなんですけど」
語り終えたナポリタンの表情はどこか陰っているように見える。
それを見つめるこいしもまたひどくつらそうな表情だ。
「それで? 最後はどうなったんですか?」
呆れた表情のまま、それでも話自体は気になるのか、ショウが先を促す。
「ええ、彼女がね。『モンブランさん、あ、いえナポリタンさん。それ、二か月に一回だけにしましょう』って」
「簡単だった!『9.20 ナポねえさんモンブラン食べすぎ事件』の解決簡単だった!!!」
ショウが頭を抱えて、あまりの事件の悲惨さをかみしめていた。
それからというもの、モンブランは二か月に一回の楽しみになったはずなのである。
が、しかし……
「でも、なんでその『条約』が今になって破られたのかしら」
ナポリタンは事件のあまりの不可解さに頭を悩ませる。
このままではあの事件を繰り返してしまう。
なぜ、どうして。
支部長室が再び静寂に包まれる。
その時だった。
「今回の事件! それについては自分が説明するッス!」
再び支部長室の扉が荒々しく開かれた。
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