【SS】とあるY市支部の日常【ダ/ブ/ク/ロ】

夜長月

シーン1 『今日のおやつはモンブラン』

「暇ねぇ」

「暇ですねぇ」


 春めいてきた陽気を開け放った窓から感じながら、一息。

 Y市支部長、ナポリタンは穏やかすぎる昼下がりに瞼が重くなってきたことを感じつつ、事務仕事を進める。


 とはいえ、せいぜいが消耗品の追加購入申請書の承認程度である。

 最近支部長になり、自分のもとから巣立っていった彼女なら、5分以内に承認作業だけでなく部署への連絡まで済ませるだろう。

 そんな作業を1時間ほどかけて行っている。


「ナ、ナポさん、いいかげんその資料いいんじゃないんですかね。あ、いや、僕はそう思うってだけなんですが」

「いや、消耗品予備の購入申請だから急ぎじゃないよね。むしろ月末のと合わせて購入したいからゆっくりでいい、なんて言われちゃったのよぉ」

「……うわぁ、それはまた……」


 私の資料をみつつ、少年が呆れたような表情を浮かべた。


 ショウ・真瀬。


 UGNチルドレンで中学生。彼には私の補佐をしてもらっている。

 もともと事務能力が高く、コミュニーション能力にも『半分』は問題がない彼には適任だったといえるだろう。

 最初は逡巡があったようだけど、彼の恋人の説得もあってかこの仕事を引き受けてくれた。順調に尻にしかれはじめている、と言っていいだろう。

 年功序列を考えるなら、もう一人候補はいたのだけれど。

 ……カイルちゃんにはこういうじっとしている仕事は向いてないしねぇ。

 一応声はかけたものの、「……興味がない」の一言であっさり拒否。概ね予想通りの結果ではある。


 ぽん、と承認印を叩きつけた後、申請書を処理済みのラックへと投げ入れる。

 それで机の上でお仕事はきれいに片付いてしまった。

 お仕事がない、とは素敵なことのはずだが、とはいえ勤務時間中にやることがなくなるのは辛い。

 とはいえ、早退するわけにもいかない。何かあった時に、『支部長は半休です!』なんてことになれば目も当てられない。


 ちら、とショウの様子を伺うと、リュックからプリント取り出している。

 学校の宿題かなにかだろうか? シャープペンシルを取り出し、カリカリと書き込み始めていた。


 ──ショウさん、そこの問題はこの方程式を使うんですよ。


 そんな光景を幻視する。あったかもしれない現在いま。それが実現することはないだろう。

 ……別に彼女は死んじゃないのだけれど。


 冬のなごりのような冷たい風と共に、桜色の花びらがひとつ窓から迷い込む。

 窓から望む空ではわた雲が、ぽつんと、浮いていた。どうやら彼も私と同じ気持ちらしい。


「暇ねぇ」

「……暇ですねぇ」


 UGN Y市支部長室には気怠い午後が漂っていた。



 ダブルクロス……それは、平時は暇を持て余す者たちの物語。



「ナポねえさぁぁぁん!!!!!」


 突如として、支部長室の扉が荒々しく開かれた。

 ばたばたと私の机の前まで彼女が駆け寄ってくる。


「こいしっ!? どうしたんだ、そんなに急いで!」

「大変なんです! ナポねえさん!! 緊急事態です!」


 少女、古明地こいしが血相を変えて詰め寄ってくる。


「落ち着いて、こいしちゃん」

「ま、まさか、ジャームかっ」


 こいしの慌てように当てられたのか、ショウの顔色が変わる。

 まさか、またなにか起きたのかしら。


「大変なんです! ナポねえさん! 今日は、今日はっ!」


 しん、と支部長室が静まり返る。

 ショウの唾をのみ込む音さえ響きそうな静寂の中、彼女は重大な事実を告げた。


「今日は、今日のおやつはモンブランです!」

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