第三話 今日は日直です

 「……と、……編糸あむと!今日日直でしょ。さっさと起きなさい!」

お母さんに叩き起こされた。徐々に鮮明になる意識とともに今日は日直であることを思い出す。時計はすでに7時40分を示していた。日直なのに遅く来ると田中先生にすごく怒られるから僕は急いで飛び起きてダイニングに駆けていった。朝ごはんはいつも通りトーストと目玉焼きだったけど、時間がなかったのでトーストだけ食べてさっさと着替えた。だからお母さんにちゃんと食べなさいって叱られてしまった。

 急ごうとするとかえって失敗してしまうことがよくあるけれど、今まさにそんな感じで、ワイシャツの襟のボタンを留めようと四苦八苦している。2分ほど奮闘して諦めてそのままで家を出た。通学路では近所の人が挨拶してくれるけど、走ってるから早口でおはようございます!って言う。ごめんなさいと思いながら走る。

 どうにか間に合って、田中先生には怒られなかったけど、随分息がきれてしまった。学級日誌を職員室で受け取って教室に向かうとすでに鬼塚さんが席について漫画を読んでいた。

「あれ、鬼塚さん早いんだね」

声をかけると驚いたように本パタンと閉じてこっちを向いた。声をかけるまで僕に気づいていなかったらしい。

「お、おはよう、さなだくん。そう、なんとなく今日は早く来てみたの。でもそしたらまだ誰もいなくて暇だったよ」

「そっか、僕は今日日直なんだ。なのに寝坊しちゃってギリギリだったよ」

「そうなんだ」

 挨拶もそこそこにして教室を軽く掃除する。日直の務めだけど、一人でやるには教室はちょっと広い。簡単に床を掃いて、黒板の日付を書き換える。それから大きくずれてる机を整える。面倒だ。

「私も手伝おっか?」

鬼塚さんが座ったままこっちを見て提案した。

「そんな、大丈夫だよこれくらい。すぐ終わるから」

鬼塚さんに手伝わせるなんてそんなことはできないよ。他の人も一人でやってるんだし。

「そう?わかった」

そう言うとまた漫画の続きを読み始めた。

 教室の隅にある掃除用具入れはところどころ錆びている。もう少し丁寧に使うべきだよと思いながら中から箒を取る。長い箒はいつも人気でこういうときくらいしか使えない。

2、3分すると、鬼塚さん立ち上がった。

「やっぱり私手伝う。絛くんが掃除してるのに私が座ってるだけってなんか変な感じする」

大丈夫と言いかけたけど、そそくさと箒を持ってきた鬼塚さんを見て、ありがとうと言った。鬼塚さんはうん、とだけ言って手伝ってくれた。

 鬼塚さんのおかげで日直の朝の仕事はだいぶ早く終わった。そこからは鬼塚さんと漫画の話をしながら他のクラスメイトや先生が来るのを待った。

 昼休みになって、いつものように鬼塚さんはすぐに購買に向かった。普段のゆっくりとした動きとは正反対の機敏な動きには驚かされる。少しして帰ってきた鬼塚さんの持っているパンはいつもより少なかった。

「今日は少ないんだね」

あとから考えればちょっとデリカシーの無いことを言ったかもしれなかった。しかし鬼塚さんはあまり気の止めず、

「今日はお弁当を作ってきたから」

と、かばんからお弁当を取り出した。僕は正直驚いた。いつもより少ないとはいえパンを3つ買ってきてさらにお弁当があるとは。僕が思っている以上に鬼塚さんは食いしん坊なのかもしれない。

「この前、私の料理食べてみたいって言ってたでしょ。だからね、作ってきたの。ちょっと分けてあげるね」

 僕の言ったことを覚えていてくれたのはとても嬉しいけど、あくまでも鬼塚さんの分で、少し分けてくれるという感覚らしい。鬼塚さんらしいと思った。弁当の中身はいたって普通だった。卵焼きにウインナー、ほうれん草のおひたしやからあげが入っていた。もちろんお米も入っていて、パンも食べるとなるとちょっと炭水化物が多いんじゃないかと思った。

「じゃあ、卵焼きとからあげあげる」

そう言うと鬼塚さんは僕の弁当に卵焼きとからあげを一つずつのせた。僕はありがとうと言ってからそれらを食べた。

「うん、おいしいよ!鬼塚さん料理上手なんだね」

卵焼きは適度に甘く、柔らかい。からあげもジューシーで味もちゃんとついていた。ほんとうにおいしい。

「よかった」

鬼塚さんは安堵して、もぐもぐ食べ始めた。その速度は驚異的で、あっという間に弁当はなくなった。そしてすでにパンを食べ始めていた。

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