第二話 一夜明けて……
「
一階から聞こえてくるお母さんの声で目が覚めた。夢の中に鬼塚さんが出てきて、特に何を話すわけではなかったけど、気まずそうにもじもじしていた。夢に出てきたせいでツノのさわり心地を鮮明に思い出した。
「ほらー、ちゃっちゃと起きてご飯食べちゃって」
お母さんが部屋までやってきた。お腹をぽんと叩かれて完全に目が覚めた。
「おはよう。お母さん」
「ほら、ご飯もうできてるよ。早く食べないと遅刻するよ」
はいはいと体を起こしてパジャマのままダイニングに行くといつもと変わらないスクランブルエッグと食パンのトーストが用意されていた。今日はいちごジャムの気分だった。
さっさとご飯を食べて、制服に着替えて家を出る。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい」
お母さんは大抵玄関までは見送ってくれない。お皿を片付けているのでキッチンから声が聞こえるだけ。
登校する道はとても平和だ。車通りが少なくて、ご近所さんが挨拶をしてくるので元気よく返すととても喜ばれる。学校が近づくとふと昨日のことを思い出した。女の子のツノ(厳密に言うとおでこ?頭?)を触って感想を言ったけど、随分気色の悪いことをしちゃったな。別に嫌とは言ってなかったけど、やっぱり今日ちゃんと謝ろう。
教室に入ると鬼塚さんはもう席に着いて本を読んでいた。最近人気の少女漫画らしい。それを難しそうな顔で読んでいた。僕は思い切って挨拶してみた。
「おはよう、鬼塚さん」
「あ、
鬼塚さんは読んでいた漫画をパタンと閉じてバッグにしまった。
「鬼塚さんは漫画好きなの?」
「え、うん。まあ普通に読むよ」
「そうなんだ」
口下手だ。口下手すぎて話を広げられない。そうだ、謝らなきゃ。
「鬼塚さん」
謝るときはちゃんとまっすぐ相手の目を見て謝る。そうすればちゃんと伝わるとお母さんに教えられた。だから僕は鬼塚さんの視線の先に入ってまっすぐ目を見た。思ったより恥ずかしいけど、これでちゃんと伝わるはず。
「昨日はごめんなさい。デリカシーの無いことをしちゃったよね。お詫びと言ってはなんだけど、なにかしてほしいことあったら遠慮なく言ってほしいんだ」
「そんな、私は全然気にしてないよ。お、お詫びなんて」
鬼塚さんは伏し目がちになって、指で髪をくるくるしている。
「じゃあさ、今日もお昼一緒に食べてもいい?」
「お昼?うん、全然いいけど。それでいいの」
「うん」
「そっか」
もっと何かあるかなと思ったけど、鬼塚さんが優しかったんだろう。あんなことしても一緒にご飯食べたいなんて、不思議な子だなと思った。
「はーい、全員席つけ―。出欠とるぞー」
担任の田中先生が入ってくるとクラスメイトが一気に席に着く。この瞬間はクラス全体からイスを引く音とかがしてなかなかうるさい。
昨日のことを経て、授業中にちらっと鬼塚さんの方を見ると目が合うことが増えた。どうにも恥ずかしくて、今日はみないようにしようと決めたので、その後はそういうことはなくなった。授業が終わり、昼休みになると鬼塚さんはやっぱりさっさと席を立ってパンを買いに行った。何分かして帰ってきた鬼塚さんは惣菜パンを3個と菓子パンを3個持っていた。結構食べるんだなって思いながら僕はお弁当を開けた。鬼塚さんは机をあわせるのが面倒くさかったのか、イスだけを寄せて狭い僕の机の上にパンを置いた。
昨日みたいにずっと黙々と食べるのは気まずいなと思って、僕は質問した。
「鬼塚さんってパン好きなの?」
「うん、好き」
「そ、そうなんだ」
好きって言葉は僕に向けてじゃなくパンに向けたものなのになぜかドキッとしてしまった。
「絛くんは?もしかしてご飯派?」
「えっと、そうだなあ、どちらかと言ったらご飯派かな」
「ふーん」
お気に召さなかったのかな。
「でもパンも好きだよ。毎朝食べてるし」
なんだか言い訳をしている気分だった。
「そっか。でも不思議だよね。食べ物全体のことをご飯っていうのに、お米炊いたもの単体でもご飯っていうからこんがらがっちゃうね」
「確かに……」
確かに言われてみればそうだ。それはさておき、鬼塚さんは一口が大きくてパンをすぐに食べ終わってしまった。あいかわらずパンのカスが机の上にパラパラ落ちてて、口の周りにもちょっと付いている。指摘してもいいのかわからず、チラチラみていると気づいたのかハンカチで口を隠した。
僕は食べるのが遅くて、先に食べ終わった鬼塚さんがまだ残っている僕のお弁当の中を覗いていた。
「お弁当はお母さんが作ってるの?」
今度は鬼塚さんが質問してきた。
「うん、お母さん。でも昨日の残り物とか冷凍食品ばっかりだよ」
「そっか」
「鬼塚さんはお弁当持ってこないよね」
これでも3ヶ月隣の席だ。お弁当の日がなかったことくらい知っている。
「うち、ママもパパも料理が下手なの。いつも私がご飯作ってるんだ。私朝弱くてお弁当作るの大変だから作ってないの」
「そうだったんだ。すごいね!僕は料理全然できないから。いつか鬼塚さんの料理食べてみたいな」
「そう?」
鬼塚さんはちょっと自慢げに僕を見た。僕が食べ終わりそうなとき、鬼塚さんが席を立った。
「ちょっとごめんね」
「どうしたの?」
「え、いや、……ちょっとおトイレに」
「あ、ごめん」
「うん」
デリカシーのないことを言ってしまった。鬼塚さんはちょっと恥ずかしそうにトテトテと教室を出ていった。
その後普通にちょっと話して授業を受けて、また明日ねと言って帰った。今日は少し仲良くなれたと思う。
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