ツノの生えた彼女

プラのペンギン

第一話 なんでツノがあるの?

 隣の席の鬼塚さんは去年の夏休みの間にツノが生えた。ツノと言ってもおでこの前髪の生え際あたりにコブが2つある感じで、角々していない。3ヶ月前、学年が上がって鬼塚さんと同じクラスで隣の席になってからずっとそのツノが気になって仕方がない。チラチラ見ているからたまに目が合って思わず逸して気まずくなってしまう。

 ある日、授業中に鬼塚さんがノートの切れ端を渡してきた。見てみると、『さなだくんなんでいつも見てくるの』って書いてあった。バレていた。とても恥ずかしいけど、ここでごまかすと余計に悪い方に進みそうだ。だから『ツノが気になって ごめん』と返した。とても恥ずかしい。授業が終わって昼休みになると鬼塚さんはすぐに立ち上がって、ちょっとこっちを睨んでから教室を出てしまった。

 しばらくして、帰ってきた鬼塚さんは購買に行ってきたのだろうか、パンをいっぱい持っていた。一人で食べるにはちょっと多そうな量だが、いつもそれくらい食べているからきっと食いしん坊なんだろう。鬼塚さんは席につく前に僕の方を向いた。

「ねえ、一人で食べるの?」

顔はこっちを向いているものの、目はこっちを見ていない。突然話しかけられたので面を食らってしまったが、答えはただ一つだった。

「そうだけど……」

「……そっか」

別に悪気は無かったんだと思う。僕に友達がいないことを知らなかったんだろう。でもいつも隣で一人で食べてることくらいは知っててもおかしくはないだろう。ただ僕がひとり寂しいやつだってだけなんだ。

 5分くらいして、鬼塚さんはもう一度こっちを向いた。今度はそれに気づけたのですぐに僕も振り向いた。

「ねえ、一緒に食べてもいい?」

目が合ったかと思ったけど、すぐ互いに逸してしまった。さっきの質問はこの質問のためのものだったのかと納得しながらも、まさかそんな提案してくるとは思わなかったのでまた、面食らってしまった。拒絶する理由もないので「うん、いいけど」と別にその後に続く言葉はないけど、けどなどと言ってしまう。

 すると鬼塚さんは机を向かい合わせにくっつけて僕の方をチラチラと見ながらパンを食べ始めた。僕は僕で、今度はツノじゃなくて顔をチラチラみていた。なんとも言えない気まずさに耐えられなくなって話を振った。

「その、鬼塚さんはなんでツノがあるの?」

最初にするには核心を突きすぎる質問だったと思う。質問が全然思い浮かばなかった。だから仕方ない。

「え、あ、それは……」

困惑させてしまった。やはりこの初手でこの質問は良くなかった。もっと趣味とか好きな食べ物とかあっただろ。いやそれもなんかコミュ障っぽいな。

「あ、いや言いたくなかったら全然いいんだけど」

「ううん、別に言いたくないわけじゃないの」

鬼塚さんはまた黙ってしまった。なにか、なにか他の話題を振らなきゃと思って考えていると、

「なんかね、私もよくわからないんだけど、去年の8月の12日の朝に起きたらできてたの。最初はたんこぶなのかなって思ったんだけどね、親に病院に連れてかれてね。そしたらお医者さんがこれはツノですね、って言ったの。後天性頭蓋骨尖角症こうてんせいとうがいこつせんかくしょうって言うんだって。骨自体の形が変わっちゃってるんだって」

「そうなんだ……」

 ツノが生えちゃったのかと思っていたけど、そうじゃないのかと思ったのと、話の後半は難しくてよくわからなかった。確かにコブのようだし、絵本とかで見るような鬼のツノとは違って硬いものが露出してる感じじゃない。鬼塚さんはずっとちょっと俯いたまま話していた。

 また、沈黙が僕らを支配した。あんなにたくさんあった鬼塚さんのパンはいつの間にか全部無くなっていた。パンのカスが机の上にパラパラ落ちている。口の周りにもちょっと付いている。それで、落ち着いてからこう言った。

「触ってみる……?」

「えっ!」

思わず大きな声を出してしまった。近くの席の人たちがこっちを振り向いた。恥ずかしい。鬼塚さんは一層俯いてモジモジしている。

「いいの……?」

「……絛くんはいいよ」

 僕”は”ってなんだろう。だめな人といい人がいるのかな。

「でも今はだめ、食べ終わったら付いてきて」

 ツノを触らせてくれるとは思わなかった。ちょっとワクワクしてきたので、急いで弁当を食べた。食べ終わると僕は立入禁止の屋上の扉の前の空間に連れていかれた。僕よりちょっと背が低いくらいの鬼塚さんはずっと下を向いたままなのでつむじがよく見える。

「……下向いてると触りづらい、かな」

「あ、そうだよね。そうだよね」

鬼塚さんはこっちに顔を向けたが、すぐに目を逸した。考えてみれば、女の子の肌を、それも顔の周辺を触るというのは結構恥ずかしいことなんじゃないか。お互いに。

「じゃ、じゃあ触るね」

 僕は意を決して、恐る恐る傷つけないように、指の腹でツンと触った。感触はおでこと大して変わらなかった。骨は硬いけど、肌に覆われてて表面は柔らかい。親指と人差し指でつまむように触ると肌がずれるのがわかる。

「んっ……」

「あ、ごめ」

「ううん、ちょっとくすぐったかっただけ」

 あれ?この光景結構すごいのでは。女の子の頭を触ってる。あれ?

「も、もう大丈夫。ありがと」

なんだか悪いことをしてる気分だった。鬼塚さんが嫌な思いしてなければいいんだけど。大丈夫かな。

「うん。どう、だった……?」

鬼塚さんはまた俯いてからモジモジしながら言った。

「えっと、なんて言うか、硬くて、柔らかかった、かな」

なんか僕キモいな。女の子のツノ触って感想言ってるの結構キモい。鬼塚さんは顔を真っ赤にしていた。やっぱり恥ずかしいよね。

「ごめんね」

「え」

罪悪感が湧いてきて思わず謝ってしまった。

「そんな、全然謝らなくていいよ。こっちこそ触らせてごめんね」

「そんな、むしろずっと気になってたから触れてよかったし……」

いやキモいな……。またもや気まずい雰囲気になってしまった。二人で黙っていると授業5分前のチャイムが鳴った。

「あ、もう教室戻らないと」

「そ、そうだね。じゃあ戻ろっか」

 午後の授業は終始気まずかった。席が隣だから嫌でも近くにいるし、表情が見えてしまう。

 6時間目が終わってホームルームも終わった。僕は鬼塚さんに「じゃあまた明日」とだけ言って、「うん、じゃあね」と鬼塚さんが返して、それで帰った。家に帰ってからまた明日どうしようと考えて考えて、いつの間にか眠っていた。

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