1-2 ラブコメ作家の神格化
「今更なのだが、ここはどこで、あなたは何者ですか?」
神になることを受け入れた後、老人から同じ貫頭衣を供与された神司は、これから先も世話になるであろう白髭の老人に尋ねる。
「今いるここは神世界と人間界の狭間であり、わしは神の中の王ゼウスだ」
「へえ、俄かに神々しく感じてきたな」
ゼウスと名乗った老人を見る目を、神司は眩しそうに細める。
「神世界の中でもとりわけ偉いぞい」
そう言ってゼウスはふんぞり返る。
「神世界っていうのは神々が住んでいる世界線、という解釈で良いのか?」
「その通りじゃ。察しが良くて説明の手間が省けるのう」
自分の事のように嬉しそうに笑む。
「それで、もしかして俺はこれから神世界へ飛ばされるのか?」
「飛ばされるという表現を適切じゃないのう。言うならば、神格化じゃな」
「妙に大仰な言葉を使うな」
「そうでもない。例えば日光東照宮も徳川家康を神格化したものじゃ。言葉としては聞き慣れないがの、行為としては満更珍しい物ではないのじゃ」
ゼウスの説明に神司は、そういうものなのかと合点がいく。
「とはいえ。家康の神格化は子孫が勝手に行っただけじゃ。我のような真正の神に認められたわけではない故、神世界に存在する権利は与えられていないがな」
「さっきも口にしてたけど、真正の神ってなんだ? 神にも分類があるのか?」
「ふむ。良い質問じゃ」
白髭の中で口の端を吊り上げて、ゼウスは我が意を得たりと微笑む。
「神には主に二種類に類別される。一つは真正の神、もう一つは不正の神じゃ」
「ふーん。それでどう違うんだ?」
「真正の神は、神世界に住む神々によって認められた神。不正の神は、人類が意のままに神と崇めているだけの神じゃ」
「要するに、真正の神達に神と認定された神ってことか」
「概ね、そういうことじゃ」
「それにしても。一つの会話の中で神、神ってどれだけ連呼すればいいんだよ」
今までここまで神ばっかり口にした経験ないぞ。
神司はくだらない気持ちになる。
「まあいいではないか。神世界に行くと神と名乗る機会はほとんど無くなるからのう。今のうちにたくさん神と口にしておけばええ」
「そりゃ神とは名乗らないだろうな。神世界はおそらく全員が神だろうからな」
おお神よ、なんて言ったら、聞こえた神が一斉に振り向くかもな。
見もしない神世界でのシーンを想像して、神司は内心で苦笑いする。
「神司君。他に質問はあるかね?」
「ええ。数え切れないほどありますけど。まず……」
神司が質問を口にしようとした瞬間、彼の手をゼウスが掴んだ。
「すまないが、全てに答えている暇はないんじゃ。質問は追々答えてあげるとして、そろそろ神世界へ戻らなければならん」
ゼウスがすまないと思っている顔で告げた。
その刹那、彼らの周囲が別の色を含ませて混ぜた絵の具のように、グニャリと歪み始める。
「ちょっと待って。心の準備がまだ……」
「いざ、神格」
ゼウスの掛け声が響くと、神世界と人間界の狭間から二人の姿が一瞬のうちに消えた。
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