1-1 死して神になる

 死を覚悟した神司は、全身の痛みが消えて意識が残っていることに気が付き、恐る恐る瞼を開けた。

 すると目の前に長机と椅子があり、古代ギリシャであったような白絹の貫頭衣に身を包み顎に白髭を盛んに生やした老人が悠然と椅子に座っていた。

 そして何故か、神司自身も椅子に腰かけている。

 老人は神司を見つめたまま、鷹揚に口を開いた。


「目が覚めたかね。神司君」


 見知らぬ老人に話しかけられ、神司は返事に窮する。


「突然のことですまないとは思うが、君には受け入れてもらわなければならない」


 受け入れる、って何のことだ? というか、この老人は誰だ?

 神司の頭の中に疑問符が止まることなく増えていく。


「戸惑うのも無理はない。死んだと思っていたら意識があるんだからね」

「え、あ、はい」


 老人の言葉に肯ずる部分があり、神司は当惑気味に頷く。


「君の採用はほぼ決定しているのだが、人となりを測るためにも一応こうして対談を開いたのだ」


 採用? というと、これは面接か何かか。しかし、面接だとして何の面接なんだ。死にかけに見る夢にしても少しの危険も感じないしなぁ。

 内心で首を捻る神司に、老人が真面目な顔つきで告げる。


「神司君。君は神様になったのだ」

「ああ、はい。採用されたのは嬉しいのですが……うん?」


 面接会場だと状況理解が追いついた神司は、老人に下手の返事をしかけたが、取りやめて考え込むように顎に手を添えた。

 今、この老人は凄くおかしな事を言ったような?


「その、先程はなんと仰りましたか?」


 自身の疑問を晴らすため顎から手を離して問い返す。


「君は神様になったのだ、と言ったのだが、間違った所でもあったのか?」

「なるほど。俺は神様になったのか。ハハハ」


 神司は分かり切った冗談を聞いたように笑い声を出した。

 二十三年生きてきて、こんな現実味の無い夢は見たことがない。

 やはり。死に際になると経験したことのない出来事が起こるものだな。


「神様になることへ抵抗がないのはいいのだが、他にもっと気が付くことがあるのではないか」


 老人はそう言って、神司の太ももの間を指さす。

 老人の指を目で追うと、大腿部の間から何にも覆われていな陽物が、無傷で姿を見せていた。

 神司は途端に狼狽し、股間を両手で隠す。


「どうして、下着すら履いてないんだよ!」


 全裸のまま恨めし気に叫んで、老人を睨み据えた。

 老人は困ったように鼻に皺を寄せる。


「わしが好きでそのような格好させているわけではない。神様は決まって一糸まとわぬ姿で誕生する」

「生まれたて赤子でも看護婦の手か毛布に包まれるわ」


 死に際の夢ぐらい幸せな物見せてくれよ。

 神司は腹を立てた。


「職場に着くまでの辛抱だ。それまではその格好で我慢してほしい」

「職場に行けば服があるのか?」

「そうだ」

「それならさっさと面接終わろう。裸のままは嫌だ」

「君の意向に従おう」


 老人は大きく頷き、長机に手をついて立ち上がった。


「しかし面接を終わる前に、君には受け入れてもらわなければならない事がある」

「神様になるんだろ。さっき聞いた」

「いや、それだけではない」

「うん?」


 神司は老人に問い返す目を向けた。

 老人の顔がたちまち本気の厳しさを湛える。


「これは夢などではない。君は真正の神になったのだ」

「ただの人間が神になれるわけ……」


 突如二人の間の足元に、超常的に葬式会場の出入り口の様子が映される。

 葬式会場の出入り口では、幼馴染の有希が沈痛な面持ちで神司の遺影を抱えていた。

 あまりの馬鹿馬鹿しさ老人へ言葉を返そうとしていた神司は、呆然と言葉を失った。


「誰の葬式か、わかるじゃろ?」


 神司は肯定の頷きさえ忘れて、唇を噛んで遺影の青年から目を逸らす。

 彼にとって覚悟したはずの死だったが、傍の視点からの酷な現実を見せられて、諦観のような実感が心を痛打した。


「俺は死んだんだな」

「そうだ。死して神になった」


 なるほどね、と返して、神司は何もかもどうでもよくなったような微笑を浮かべた。


「死人が夢なんて見るはずないもんな」

「ようやく受け入れることができたか。これで心置きなく神様になれるな」

「ああ、よろしく頼む」


 神司はこうして神になることを承諾した。

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