五
エリは、コーヒーをひとくち飲んでテーブルに置いた。平日の昼休み、サキと二人で近所のカフェにきている。サキの勤務先はエリの家の近くなので、たまにこうして二人でランチをする。この日は、エリがサキを誘ったのだった。
「調理ロボット、手放すことにしたらしいですね」エリがいった。〈オート・シェフ〉のその後の一部始終は、チームの定例でアツシから聞いていた。
「あの人、会社でもその話してるのね」サキは少し顔をしかめる。
「本当に、味のちがいが問題だったんですか?」エリは気になっていたことをたずねた。
「もちろん、ちがう」
「じゃあ、何が問題だったんですか?」
「うーん、しいていうなら、気持ちの問題、かな……」
「気持ち?」
サキはひとくちコーヒーを飲んで間をおいた。
「……エリさんは実家で暮らしてたとき、お母さんが料理してた?」
「はい、専業主婦でした」エリは質問の意図がわからず眉をひそめる。
「好きな料理ってある?」
「ポテトサラダが好きですね。実家に帰ったらいつもつくってもらってます」
「もしつぎ実家に帰ったとき、〈オート・シェフ〉がいて、ポテトサラダもそれがつくるっていったら? 仮に同じ味でもそれでいいっていえる?」
エリはそのシーンを想像する。ロボットのつくった実家のポテトサラダ。
「うーん、それはなんかちがいますね。味の問題じゃないっていうか……」
「そういうこと。料理って物質的なものだけじゃないのよね。だれがつくったかや、どこでだれと食べているか、そういった文脈で食べたときの印象も変わってくる」
「たしかに」エリは相づちを打つ。心当たりのある話だった。毎日AIの用意した食事ばかりだと、たとえそれがおいしくても気が滅入ってくる。健康は大事だけれど、やっぱりこうやって外で人と一緒に食べるものはひと味ちがう。
「わたし、なんだかんだ彼のつくった料理が好きだったのよ。〈オート・シェフ〉のつくった料理を前にしたとき、それに気づいて。でも、料理したくないといってロボットを買った彼の前で、『あなたがつくった』っていう事実が重要だとはいえなくて。それって、わたしのわがままでしかないじゃない」
「だから、『もの足りない』だったんですね」
「本当は最初、味のちがいなんてわからなかったんだけどね」といってサキはくすっと笑った。
「わたしはてっきり、サキさんが自分の料理をロボットと同じだっていわれるのが嫌だからなのかと思ってました」
「たしかに彼の場合、平気でロボットの料理がわたしの料理と同じだっていいそうだもんね。ただ、〈オート・シェフ〉を使わなかったのはわたしの自己満足。人にはつくってほしいと思っておきながら、自分はつくらないのは筋が通らないと思って。でも、あの人ったらせっかくつくったのに〈オート・シェフ〉を使わないともったいないなんていうから、腹が立ってきて……」
「アツシさんらしいですね」といって、エリは笑った。
その後、いつものように二人は昼休みぎりぎりまでたわいのない話をした。そしてその帰り道、エリはふと気づくのだった。
「やっぱりわたしが最初にいったとおりだったんじゃない……」
家庭の味 フジ・ナカハラ @fuji-nakahara
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