アツシは調理開始ボタンを押した。先につくるのは時間のかかる〈オート・シェフ〉だ。前回とちがって、アツシはこまめにようすを見にいった。同じ作業のくり返しをながめるのは退屈だが、少し時間をおいて見にいくと変化があっておもしろい。それに、味を比べなくとも見るだけでわかることもある。

 ふたたび肉じゃがをつくることについて、サキの了承は得ている。〈オート・シェフ〉のつくったものと食べ比べてみたいといったときはけげんな顔をしていたが、それまで避けていた〈オート・シェフ〉の話題に自分から踏みこむのに抵抗があるらしく、特に何もいわれなかった。

 メニューについては肉じゃが以外でもよかったかもしれないが、あえて発端となったメニューで試すことにした。再現実験をするなら条件は可能なかぎり同じにしたほうがよい。それに、アツシはサキのいない平日の昼に何度か〈オート・シェフ〉を使っていたが、肉じゃがのときがいちばん何かがちがった気がしたのだ。

 そうこうしているうちに、〈オート・シェフ〉が調理を終えた。次はアツシの番だ。すでに、いくつか気づいたことがある……。


「どっちがぼくのつくったほうかわかる?」

 アツシの調理も終わり、できた肉じゃがはそれぞれ別の皿に盛って食卓に並べてある。サキが両方食べたタイミングを見計らってアツシがたずねた。

「こっちでしょ」とサキはアツシのつくったほうを指さす。

「正解。やっぱりわかるんだなあ」

「こっちはじゃがいもがだいぶ煮くずれしてる。切ったサイズが小さかったのと、煮るときの火も強かったのかな」

「そうそう。火加減は、〈オート・シェフ〉のほうがつきっきりで鍋のようす見てるからね。コンロの温度センサも使って煮くずれしないよう調節してた。ただ、自分のじゃがいもの切り方が小さめなのは知らなかった」

「わたしはこっちのほうが味がしみていて好き。見ためはちょっとわるいかもしれないけど」

「やっぱりそうか。こういう細かい味のちがいが問題だったんだなあ」そういってアツシが納得すると、サキがおどろいた顔をした。

「え、まだ味が問題だと思ってたの」

「ちがうのかい?」今度はアツシがおどろく。「てっきりそうだと」

 サキは少し悩んでから、目を伏せていった。「……いえ、きっとそうね。味がちがったのよ」

 アツシはうなずいた。切り出すならいまだろう。

「……それで相談なんだけど、〈オート・シェフ〉ではサキの好みに合わせられないこともわかったし、やっぱり手放してしまおうかと思う」

 サキは顔をあげてアツシをみつめる。「本当にいいの? わたしもちょっと意地になってたなって思うし、無理しなくても……」

 アツシは手を上げてサキの発言をさえぎり、首をふった。

「いや、実をいうと、料理するのはそんなにきらいじゃないってことに気づいたんだ」アツシは照れ隠しに頭をかく。「まあ、面倒なときは面倒なんだけど、〈オート・シェフ〉の設定をこまごまといじるくらいなら、自分でつくったほうがましというか」

 これは〈オート・シェフ〉の料理を観察したあと、自分でつくってみてわかったことだった。〈オート・シェフ〉の動きを見ていると、材料の切り方や調味料を入れる順番など、細かいところがアツシのやり方とはちがっていた。そして調べてみれば、乱切りは表面積を大きくして味をしみやすくするためだとか、砂糖は塩よりも分子が大きいため醤油の前にいれないと吸収されにくいだとか、それぞれに意味があるらしい。それを知ったあと自分で調理すると、ひとつひとつの工程に発見があるのだった。アツシは、子どものころ理科の実験が好きだったのを思い出した。料理にはそれに近い楽しさがある。煮くずれしたほうが好きというサキのように、正解のないおもしろさもある。

 それに、〈オート・シェフ〉による自動化にも限界があった。家で調理することの最大の利点は、好みにあわせて微調整できることだ。しかし、肉じゃがで明らかになったように、細かい調整をしようとすると、機械への指示がとたんにむずかしくなる。〈オート・シェフ〉には前回の設定を保存したり好みを学習したりする機能もあるが、それだってかなり面倒だ。好みを学習させるには毎回食べ終わったあとにフィードバックする必要があるし、失敗の設定を保存してしまったらまた次回も同じ失敗をする。そんな操作をポチポチやるくらいなら、自分で調理しながら味見したほうがずっと楽だし正確だ。もちろん、デフォルトの設定のままでも決してまずいわけではない。しかし、すべて〈オート・シェフ〉まかせにするくらいだったら、家での調理にこだわらず、デリバリーや、なんならAI管理食でもよい。むしろ、それらのほうが食材を調達したり調理器具を洗ったりせずに済むぶん楽かもしれない。

「買う前はあんなに自動化したいっていってたのに」サキがちょっといじわるそうに笑う。

 アツシは肩をすくめた。「もちろん楽はしたいんだけど、料理は半自動化くらいがちょうどいいよ。クリエイティブでおもしろいところは人間がやって、残りの面倒な部分は機械がやる、くらいの。どんなにいいセンサーを使って数字に落としこんでも、やっぱり機械じゃ味を理解することはできないからね。つくってもらうなら、味の感覚を共有できる人のほうがいいよ」

「それってつまり、〈オート・シェフ〉より私のつくった料理のほうがいいってこと?」サキがわざとらしく上目づかいになる。

「……まあ、そういうことだね」アツシは負けを認めてほほえんだ。

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