次の当番でアツシが再び肉じゃがをつくることにしたのは、同僚との会話がきっかけだった。

 アツシは、ソフトウェア制作会社の開発部門で三人チームのリーダーをしている。会社はリモートワークが基本で、その日の定例ミーティングもビデオ通話だった。

 チームの定例では、時間があまったら残りの時間でいつも雑談をしている。その日、アツシはサキが〈オート・シェフ〉を使いたがらないことを話していた。サキは彼女の勤務先に出社しているため、自宅でこの話をしても聞かれることはない。

「〈オート・シェフ〉が値段の割に役に立たないっていうのならわかりますね。おれは買いものとか洗いものすら面倒なんで、調理しかやらないロボットなんてのは使わないと思います。でも、そういうことじゃないんですよね?」

 そういったのはデザイナーのコウスケだ。ディスプレイに映った丸い顔に、話者であることを示す印がつく。彼はチームでいちばん若く、一人暮らしをしている。

「そうだなあ。買いものはネットスーパーなら家まで届けてくれるし、最近の食洗機なら洗いものもそれほど大変じゃないよ。うちの場合、調理がいちばん面倒だったんだ。だから〈オート・シェフ〉はぴったりだと思ったんだけど……」

「調理が面倒なら、どうして家での料理にこだわるんです?」

「二人とも外食が苦手なんだ。ぼくの場合はなるべく外に出たくないし、店員ともコミュニケーションしたくない。サキのほうは、けっこう好き嫌いが激しくて」

「なるほど。……それならやっぱり、ロボットの料理がおいしくなかったんじゃないですか? 好き嫌いがあるってことは味に敏感ってことですよ。いつもと同じ味だっていうアツシさんの手前、いいにくかっただけとか」

 コウスケは自信ありげだったが、アツシにはまだピンとこなかった。

「うーん、まずいわけじゃない、とはいってたけどな……」

「いやー、きっと愛情がこもってないからですよ」そう茶化したのは、エンジニアのエリだ。エリはアツシとのチームが長く、サキのこともよく知っている。

「愛情って」コウスケがあきれたようにいう。「AI管理食なんて食べてる人がそれをいいますか」

「AI管理食?」耳慣れない言葉にアツシがたずねた。

「健康データを渡すとAIがその人に合った栄養素を計算して、一週間分の食事を冷凍して送ってくれるサービスですよ。こないだエリさんにすすめられて試したんですけど、送られてきた完全食ってのが見るからに人工的で、味がしなかったです」コウスケはそういって顔をしかめる。

 アツシもそういったサービスの話を聞いたことがあるのを思い出した。健康的かつ手軽ということで、じわじわと利用者が増えてきているらしい。ただ、サービスを受けるにはセンシティブな情報を含む様々なデータを提供せねばならず、抵抗感のある人も多い。AI管理食という呼び方は、そうしたサービスを揶揄するものなのだろう。

「それはあなたの健康にパーソナライズした結果でしょ」とエリが反論する。「わたしのはちゃんと味も見ためもいいんだから。コウスケはもうちょっと健康を考えたほうがいいわよ」

「食べることは生きる楽しみのひとつですよ。それを失ってまで長生きする気はないですね」

 小馬鹿にするような調子のコウスケに、エリの口調が厳しくなる。

「そんなこといって、こないだの健康診断の結果どうだったの。生活習慣病にでもなったら、そんなこといってられないから」

「まだ若いんで大丈夫ですよ……」といいながら、コウスケは苦笑いしている。声のトーンがそれまでより低い。エリがここぞとばかりに何かいおうとしたが、さえぎるようにコウスケがつづけた。

「それより、サキさんの話ですよ。他になにかいってなかったんですか」

 そういわれて、アツシは食事の時のことを思い出す。

「もの足りない、ともいってた気がするな……」

「実はアツシさんの料理がめちゃくちゃうまくて、機械じゃ再現できなかったとか……?」コウスケがいった。

「それはないよ」とアツシ。「ぼくが料理をはじめたのはサキと暮らすようになってからだし、レシピを見ながらじゃないと何もつくれないから」

「いや、レシピを見てつくれるだけすごいですよ。おれなんか、『なんとか切り』とか『少々』とか出てきたとたんにわかんなくなっちゃいますから」

「切り方くらい調べなさいよ」とエリが口をはさむ。

「でも、『少々』はむずかしいよね。ぼくも味見しながらトライアンドエラーでなんとなくわかるようになったって感じだった」

 アツシがそういうと、たしかに、とエリも認めた。

「料理って暗黙知というか、そういう言語化できない面がありますよね。わたしも母に教えてもらったレシピがあるんですけど、何回つくっても同じ味にはならないんですよ。……もしかして、そういう微妙なちがいがサキさんの口に合わなかったんじゃないですか?」

「そういえば、ぼくはちょっとおいしく感じたんだよな……」アツシはもう一度〈オート・シェフ〉のつくった肉じゃがを思い出そうとする。

 そのとき、コウスケがひらめいたとばかりにいった。

「だったら、同時に食べ比べてみましょうよ。そうすればきっとわかりますよ」

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