18

 目の前の景色が物凄い勢いで後ろへ向かって飛んで行く。

 強烈な風が全身を叩きまわす。

 両手のストック滑雪スキーの板に神経のすべてを集中させ操作するけど、あまりもの速さで感覚が追い付かない。

 殆ど運に任せ、チクショウ!どうにでもなれ!

 行く手に巨大な岩が現れた。右へ進路を切り交わす。今度は氷柱セラック、左に舵を切りギリギリで避ける。次に大きな亀裂、意を決して飛び越える。

 無限に落ち込む蒼い裂け目を雪煙を上げて飛び過ぎる。

 着地の衝撃で転びそうになるけど何とか根性で立て直す。

 また岩が目の前に迫る。距離が足りずよけきれない。そうは高くない。飛び越えてやる。

 板をまっすぐ平行に、ストックを思い切りついて速度をあげる。

 一瞬、重力を失う。板の下をあの大岩が通り過ぎてゆく、風の音が耳元でうるさい。視線の先の空は淡く青い。

 着地、今度は完全に転ぶ。転んだままで滑り降りる。頭の中が恐慌で混乱する。けれど何とかストックを振るって態勢を取り戻す。

 立てた!立って滑ってる!

 雪煙に紛れて先に降りたシスルの小さな背中が見えた。

 右へ左へと美しい航跡を描いて恐ろしい斜面を降りてゆく。

 ・・・・・・。ピニタも滑雪スキーは上手だったな。

 ねぇ、ピニタ、お姉ちゃん、いますごい所を滑ってるよ。見ててくれてる?

 二本の高くそそり立つ氷柱セラックが迫る。シスルはそれを綺麗によけたが、私は間を突っ切る。

 どんどん迫る氷柱セラック。衝突への恐怖心を無理やり押さえつけ突進。

 空気を打つ音とともに氷柱セラックの間をすり抜ける。

 幼年学校の外出許可日。門限ギリギリで帰り、閉まりそうな門の間をすり抜けたことを思い出した。

 斜度が緩くなったことに気付く。けど速度は落ちない。

 二 キロもの急斜面を下って蓄えられた位置 エネルギーはそう簡単になくなりはしない。

 腰に手をやり紐を引く、袋に収められた落下傘が展開し風の力で私の思い切り後ろに引っ張り上げようとする。

 前に行く力、後ろに引っ張る力。祖互い相殺して速度が落ちてゆく。

 ずっと向こうに六つの人影が見えた。みんな無事に滑り降りれたんだ。良かった。

 勢いが落ちたとはいえ、かなりの速度で滑り込んできた私を少佐はがっしりと受け止めてくれた。

 そして、あの山の中の日々のせいで見るも無残になった顔をほころばせて笑い。


「シィーラ・ルジャ・シャルマ大尉。アキツ諸侯連合帝国新領へようこそ、ま、今んところは『多分』だけどな。よく頑張ったな」


 ああ、そうだった。ここの境界線をはっきりさせる為に、私たちはあんな大冒険をしたんだっけ。

 忘れてた。

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