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皇紀八三七年華月十六日(聖暦一六三―年八月十六日) 十時〇〇分

オルコワリャリョ山頂付近


 少佐とシスルがまるで悪戯をして追いかけられてる悪ガキみたいに笑いながらこちらに駆けて戻って来た。

 ちょうどその時撮影機が爆発、あちこちに部品をばら撒き赤黒い炎を上げる。

 構わずっ込んできた少佐は縮こまる私に大声で「送信機と発電機の自爆装置は!?」咄嗟に答える「まだです!」

 その答えに少佐は満足げに笑い。


「よし、今すぐ固定してる綱を切って、自爆装置を起動させろ!それからあいつらに向かって転がせ!」


 何がしたいか理解した私は、インティキルのみんなに指示して送信機と発電機を持ってきてもらう。

 自爆装置を起動させ、山岳猟兵が迫って来るのを待つ、相手の顔が見えた頃に転がしてやる。

 でも少佐は「もういいぞヤレ!」私は「今やると避けられる!」

「それでいい、死人は出したくねぇ」と少佐。私は送信機を押しやった。そして。


「みなさぁ~ん!それ爆発しますからぁ!逃げ気た方がいいですよぉ!」


 ガルマン語が解らないからファリクス語で叫んでみた。

 どうやら理解したみたいで散りじりになって逃げてゆく山岳猟兵。氷の斜面を滑り降りた送信機は、彼らの前方で爆発を起こし燃え盛る部品を撒き散らす。

 ラチャコ君が「これでも喰らえ!」と発電機を転がすと、少佐は全員に向かい。


「とっとと退散しようぜ!みんな滑雪スキーを履け!チュルクバンバ大氷原に向かって滑り降りるんだ!」


 山頂直下の天幕の中でこの計画を聞かされた時は、正直少佐の頭を疑った。

 氷河を滑雪スキーで滑り降りる?そんなことをしたら、フツー死にますけど!転倒して下まで降りたら肉団子ですけどぉ!

 けど少佐は本気の様でこう説明する。


「ワリャリョ連峰の東側の渓谷は西側と違い分厚い氷河におおわれてる。その上しょっちゅう雪が積もり、冷たく湿った風で毎日の様に撫で付けられるもんだから亀裂ができてもすぐ埋まる。最高の滑雪スキー場みたいなもんだ。斜度は超級者級だが、やれねぇことはねぇ」


 やれないことは無いでしょうけど、本気でやれるとは到底思えない。

 しかし、今ここまで来ればその方法でしか山岳猟兵を撒くことは出来ないだろう。

 やるしかない。

 みんなが滑雪スキーを履いたのを確認すると「それではお先に」少佐が先頭を切って滑り始める。やっちゃった。本気でやっちゃった。

 その後次々と氷河めがけて滑って行き姿を消して行く。

 のこったシルスが振り返り「姉ぇ!行こう!」と私を呼ぶと彼女も斜面の向こうに消えた。

 杖で雪面をついて滑雪スキーを滑らせる。

 ふと振り向くと、山岳猟兵が顔の見える場所まで迫っていた。

 その先頭の一人が立ち止まり、迷彩上衣の頭巾を脱いで私を見つめて来る。

 灰色の帽子を被り、日焼けしたその顔は誇りと威厳に満ちた指揮官のそれだ。たぶん、いや、この人がアイロイス・フォル・シュタウナウ大佐だ。

 私も滑雪スキーを止め、きっちと彼に向きなおり、敬礼を送る。すると、彼かえして来た。惚れ惚れする程の見事な敬礼だ。

 そして私は前を向くと、杖の石突で雪面を打ち滑雪スキーを走らせる。

 前方には青白く煌々と輝くチュルクバンバ大氷原が視界一杯に広がっていた。

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