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皇紀八三七年苗月(四月)三十日 一三〇〇
アキツ諸侯連合帝国新領 臨南州 インティワシ連峰 岩登り訓練場
人間は、普通平地を歩くようにできている。精々坂を登るくらいだ。基本的に岩をよじ登るようにはできてはいない。
けど、今、私は高さ五十
「よし!次!右手を手前の出っ張りに、しっかりつかんだら左脚を腰のあたりの出っ張りに乗せて、一気に体を持ち上げる!そこで手近な鉄杭に縄を結んで一旦
崖のてっぺんでは少佐が私に繋がる命綱を手繰り寄せながら、逐次次の動きを指示してくる。
けど、この岩登りを始めて一か月、だんだんコツが呑み込めて次にどのでっぱりに手を掛けて、その後はどのくぼみにつま先を突っ込んで、そのあとどの鉄杭に縄をかけて体を
一本の手と二本の脚で体を支え、残りの手で次の手がかりを探し、それを掴むと今度は一本の脚を動かして足がかりを探して自分の体を押し上げる。一段落着いたら次の動作の時にへまをして滑落するのを防ぐため、鉄ぐいと安全帯に括り付けた縄を
その繰り返しで崖を上り詰め、やっと頂きにたどり着く。
そこでは少佐が石油コンロでお茶を淹れて待ってくれていた。その傍らにはシスル。一足先に登って今は涼しい顔でおにぎりを頬張っている。
ホーロー引きの手付き湯飲みに並々と熱いお茶を注いだものを私の前に突き出すと。
「やるじゃねぇかシィーラちゃんよ、だいぶ体が自然に動くようになってきたぜ。このぶんならもう俺の指示は要らねぇし、もっと難しい岩場にも進めるな。才能あるよお前さん。さすが山の民チュトリ族の娘だな」
「有難うございます、恐縮です」とお礼を言い、ちょっと渋い緑茶を啜る。緊張で乾きねばついた口の中がサッパリする。
座り込んだ膝の前には塩漬けの菜っ葉に包まれた握りこぶし大のおにぎり三つ「頂きます」と言うが早いか一個手に取り齧り付く。塩味が効いた菜っ葉と、ご飯の甘み、それから中に入れた小魚の煮しめの旨味。顔を上げれば少佐の背後には、万年雪を被ったインティワシ連峰の峩々たる山並みに抜ける様な夏の空。ああ、美味しい。
「滑落防止訓練の時はどうなるかと思ったけど、途端に度胸がついて来たな。基礎体力もあるし才能もある。この分だとそろそろ本格的に六千
おにぎりを上手く呑み込めず喉でつっかえる。慌ててお茶を飲んで流し込み「六千
「ああ、今まで訓練で登ってたのは五千チョイだからな、これに千上乗せすればかなり本番に近くなる。インティワシの北隣にあるオルコムリャって山なら六千四百ほどで、適当に難しくて高度順化や訓練には持って来いだ」
あんまりにも詳しいので思わず「お詳しいですね、任務で登られたとか?」
「入隊前に登ったんだ。たしか十五の時かな?因みにあのインティワシは士官学校入学前に娑婆との別れの記念に登ったぜ」
子供のころから山に登ってたんだ少佐。それも六千
「登山は何時頃から始められてたんですか?」
「うちのオタケベ家が代々お仕えしてるアキル家のご令息になぜか可愛がられててな、そのお方によく小っちゃい頃から山に連れ出されたんだ。その方も登山が三度の飯より大好きなかたでな、帝国領内の山はもちろん、南方大陸のこの辺りの山々にもしょっちゅう遠征しておられた。それにくっついて来たんだよ。インティワシもその方の登山隊に混ぜてもらったんだ死ぬかと思うほどしんどかったけどな、でも山頂から見たチュルクバンバ氷原は未だに忘れられねぇな」
アキル家といえば皇帝陛下のお傍に侍る十二武家の筆頭。そんなスゴイお家に仕える家って、つい昨日や今日お金の力で爵位を買ったよう家じゃない。本物の生粋の貴族だ。そんな家の人だったんだ。少佐は。
ゼンゼンそんな風に見えない。悪いけど。
「今時分なら気候も安定してて晴天も続くだろうから高所登山初心者の訓練には打って付けだ。どうだい?来週からやってみるか?」
さも簡単そうに少佐は言う。私が答えに窮して唸っていると、今度はシスルに話を振る「シスル、お前はどうよ?」
聞かれた彼女はこともなげに「
そう言われれば私も「解りましたやってみます」としか言えないじゃない・・・・・・。
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