2

 研究所で私を出迎えて、と、言うよりは待ち構えていたのは白衣を着た一組の男女。

 男の人の方は年のころ六十前後、だいぶ毛の具合が寂しくなった才槌頭に疑り深そうな小さ目、背丈は私くらいで男の人としてはあまり大き方とは言えない。有り体に言えばチビ。

 そのちっさい人が私をジロリと睨んで甲高い声で「あなたが指揮官?随分若いな」

 この人が望海京大学電子工学部カク・ロホ教授だろう。

 もう一人、白衣の下は立て襟の黒い毛織襦袢セーターに同じ色のひざ丈の女袴スカート。どちらも体の綺麗な線がよく出ている意匠。紙巻きたばこをふかす口元には赤い口紅、切れ長の涼しい目元は目元墨アイラインでキッチリ飾られ眉もしっかり描かれていて、研究所に居るよりは百貨店の受付?いいや、夜の高そうなお店に良そうな感じのお姉さん?

 まさかこの人がオウオミ・ナオ先生?白髪のおばさまを想像していたけど、私より五つくらいしか離れてなさそう。


「まぁ、教授、ガミガミうるさそうなオッサン将校とか、四角四面な青年将校が来るよりはましじゃ無いですか。見た目も可愛いしちっさいから邪魔になりませんよ」


 と、褒めてるのかこき下ろしてるのか解らない批評を私に対して下すオウオミ先生。

 なんか舐められている感じなのでここは一発締めとかなきゃと思って口を開けた途端、カク教授が「この仕様書を書いたのはあなた?」と、一枚の書類を突き付けて来た。

 表題は『当研究開発ニ求ムル基本性能』読んでみるとこんな具合。


 一、人力による運搬を想定し、撮影機材送信機材共に各々十五 キログラムを下回る事。

 二、寒冷地での運用を想定し、使用可能気温の下限を零下三十度とする事。

 三、電波送信機構の有効送信距離は最低百 キロメートルとする事。

 四、極めて過酷な運用環境を想定し、可能な限り堅牢である事(高さ三 メートルの高さから落下させても支障なく使用できることが望ましい)

 五、運用者への負担軽減、秘匿性の確保に鑑み、可能な限り小型化に努める事。

 六、撮影機材送信機材共にその操作は可能な限り簡便である事。

 七、分解修理も可能な限り簡便に行えること。


 なお、上記条件実現のためには、特務機関は基本、資金および資材の制限は設けないものとする。


 ・・・・・・。何言ってるの?この人。

 一応、私の上申書に基づいて書かれているけど、ここまで過酷な中身じゃない。

 だいたい車両や航空機で運搬し、固定するか車両に乗せたままで使う事を想定していたから、まさか人力なんて考えてもいなかった。

 それにこの『零下三十度』って何?北方洋の氷山の上で使うの??ありえないんですけどぉ~。


「色々無理難題をツラツラ書いてるけどね、あなた、物には限度という物が有るんだよ限度が、書いてることが矛盾に満ち満ちてるよ矛盾に」


 と、私に詰め寄る教授。


「丈夫さと軽さ、小ささとさと対候性、高性能と操作性の簡便さ。一々が矛盾に満ち溢れているのよね。ま、軍人さんて出来ないことを無理やり部下に押し付けて出来無ければ部下のせいにしてしまえばおしまいって考え方なんでしょ?でなきゃこんな注文付けられないわ」


 そういってオウオミ先生は紫煙を天井目掛けぶわっと噴出した。


「誘拐同然にここまで連れて来られ、一年間監禁状態でこんな無茶苦茶な要求をされる。そりゃ、たしかに私は不敬罪で告発されてる身ですけどね、これじゃ裁判なしで強制収容所にぶち込まれてるみたいなもんだよ強制収容所に」

「私も会社から職務怠慢で民事争訟されてる身で、軍が示談金を肩代わりしてくれるって話に飛びついたのが運の尽き、まぁ、あの助平部長にネチネチ言い寄られるよりは、ここで雪見酒飲んでる方がいいけどね」


 なに?この訳ありな人たち。

 と、言ってもこの人たちと一年間、ここで頑張らなきゃならないのも事実。

『オナゴ士官』で『角付』で『愛郷ちゃん』の意地を見せるしかない。

 私だって、後が無いのよ後が。


「文句を言いたい気持ちは分かります。けど、やらなきゃ終わりませんし終わらなきゃ帰れません。やってもダメかもしれませんがやらなきゃダメかどうかもわかりません。先ずはこの要求が実現可能かやれるだけやりましょう。幸い、仕様書には資金および資材の制限はしないとなっていますし、ここにはこの分野における最先端を走っているお二人が居ます。ともかくやってみましょう。これが民間の会社なら出来なければ大損が出て会社に迷惑を掛けますが、ここではその心配は有りません」

「税金の無駄遣いだよ無駄遣い。こんな金をドブに捨てるようなマネをするくらいなら、先の戦争の戦災孤児や寡婦の支援に回すべきですよ」


 と、まるで活民党みたいな事をカク教授が言い出すが、オウオミ先生は。


「どうせ特務機関から出るお金なんて、明るい所でつかえるお金じゃ無いでしょうからバカみたいな研究で溶かしちゃってもいいじゃ無いですか教授」


 しばらく考えていた教授だけど、あからさまな溜息をついて。


「ま、やらんと帰れないというのはこの人の言う通りだ。やるしか無いかやるしか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る