第三章

1

 皇紀八三五年華月(八月)十五日 〇九〇〇時

 アキツ諸侯連合帝国新領 臨南州 インティワシ連峰山麓

 新領総軍特務機関秘密研究施設


 殴りつけられるような寒さで目が覚めて、輸二十式輸送機の窓から外を見るとなぜ出発間際に寒冷地用装備一式が支給されたか合点がいった。

 そこには目に痛いほどの真っ白な雪を頂いた峰が延々と続いていて、麓の深い森も皆一様に雪化粧が施されていた。

 赤道に近い拓洋は冬であろうが間違っても雪など降ることはなく、年がら年中防暑服で過ごせるが、ここ臨南州のインティワシ連峰山麓ではそうは行かないようだ。

 独立混成第一三一旅団 衛戍地えいじゅち(基地)の小さな飛行場に着陸すると、慌てて羊毛が詰まった毛皮の頭巾付きの軍用外套を着こみ、滑走路近くで待機していた十五式六輪 自動貨車トラックに乗り込む。

 私と一緒に運ばれて来た大量物資を荷台に積み終わると飛行場を出発。半時間ほど走ると街の倉庫街に入り、一軒の倉庫に乗り入れる。

 そこで運転手から降りるように言われた。

 もう目的地?と、思ったが倉庫の中を見渡しても荷台の横に『臨南通運』と書かれた民間の自動貨車トラックと、平服を着た男の人が数人いるだけで他には何もない。

 平服の男達は十五式が止まるなりその荷台から荷物を下し『臨南通運』の自動貨車トラックへ黙々と移し替え始めた。 

 何事か解らずその様子を寒さに縮こまりながら見ていると、男達を指揮している人が私に声を掛けて来た。

 特製の防寒帽の横から三角耳をピンと出したどう見ても黒い犬にしか見えない人、その彼が顔に生えている同じ毛色の手で手招きしつつ。


「シャルマ大尉!あなたもこちらの自動貨車トラックに乗り換えてください」


 なるほどネ、だんだんわかって来た。ここで車を変えてこの辺りに潜んでいる同盟の間諜スパイの目を誤魔化すつもりなんだ。

 言われるがままに助手席に乗り込むと、さっきの犬の人が運転席に乗り込んで来て、発動機エンジンを掛けつつ。


「自分は特務機関臨南州支部所属のノワル曹長であります。目的地までは普通なら二時間ほどなんで有りますが、欺瞞工作と路面状況の問題で一.五割増しほどに成るかと思います。悪しからずご了承ください」

 

 と、ご丁寧に説明してくれる。おかげで階級は三つ彼の方が下なのに「よろしくお願いします」と思わず敬語でお礼を言ってしまう。

 倉庫を出てからは曹長の宣言通り、路面をびっしり覆った雪のお陰で速度は出ず、同じところをぐるぐる廻ったり、行ってまた引き返したりと尾行を撒くような行動をするお陰で距離は稼げない。

 それでも出発から一時間ほどで街を抜け出し森の中に『臨南通運』の自動貨車トラックは入っていく。

 輸二十式の窓から見た時も広くて深そうな森だなと思っていたけど、中に入るとより一層そう思う。

 高さ三十 メートルは優に超えそうな針葉樹で出来た森はまだ昼間だというのに薄暗く、ノワル曹長も前照灯を点けなきゃならないほど、こんな寂しい所に研究施設なんて本当にあるの?


「陰気なところでしょ?」とノワル曹長が言うので私も「昼なお暗いってホントこの事ね」と答える。


「自分らヌスキット族のご先祖はこの辺りで狩りをしながら暮らしてたんでありますが、この森だけは昔から入らず今でもあまり近寄りません。人を喰らう魔物が棲んでいるとかで・・・・・・。まぁ科学万能の昨今でそんな迷信も有ったもんじゃ無いですが、秘密の研究所をおっ建てるには最高の場所ですよ」

「私の故郷にもそんな場所が有ったわ。うちの場合は森じゃ無くて山だけど、大昔にご先祖様が戦って追い払った悪い龍が今でも住んでいて、近づく人を口から出る冷気で凍死させるって話。お爺ちゃんがよくその話をしてくれて、私はワクワクしながら聞いてたけど、妹は怖がって泣くもんだから私が何時も慰めてた」


 車窓の外の雪を眺め故郷の話をしていたら、あの日のことを不意に思い出した。

 軍帽一杯の雪。ピニタが欲しがり、けど、間に合わなかった雪。

 不意に黙り込んだ私を気遣ってくれたのか、それ以上家族の話を曹長はしなかった。


「大尉殿のご郷里は、どちらで?」

「虎走州オツクラ伯領の山の中。ものすごい田舎よ」

「はぁ、あちらも山がちの所ですなぁ、自分も隊の選抜試験で行きました。このインティワシ連峰は裾野から急に立ち上がる様な山ですが、大尉殿のご郷里の山は標高四千メートルの台地みたなもんですからある意味此処より厳しい土地ですな。自分も酸素不足でエライめに遭いましたよ」

「そうそう、ここみたいに立派な森なんて無かったわ、だから煮炊きする燃料が無くて大変、瓦斯ガスが来るまでは家畜のうんこを乾かして燃やしてた。おまけに気圧が低いから中々お湯が沸かなくて・・・・・・」


 などと互いの田舎話で盛り上がっている内に『臨南通運』の自動貨車トラックは目的地に到着した。

 森の中からいきなり現れたのは、丈夫そうな金網の塀で囲まれた丸太づくりの二階建ての建物で、まるでどこかのお金持ちの別荘の様な作り。

 白と灰色、そして黒のまだら模様のつなぎ服を着て、十五式半自動歩兵銃を肩から下げた兵士が金網の門扉を開けると自動貨車トラックは敷地内に入る。

 玄関前で止まると曹長は。


「ここが秘密研究所です。お疲れさまでした大尉殿」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る