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 夢を見ているのかしら?私。本当はまだ寄宿舎の部屋の中で眠ってるんじゃないの?

 でも、こぼさないよう必死に持っている手付き茶碗ティーカップの熱さも本物だし、紅茶の香りも本物だし、少将閣下はから香る何とも名状し難い妙なる香りも本物だ。

 慌てて手付き茶碗ティーカップを置き、居住まいを正して向き直り。


「そ、そんな!自分のような『愛郷者募兵制度』のお陰で軍に潜り込めたような者に、そ、その様な、た、大任は、に、荷が重すぎますです!」


 と、半ば絶叫の様に答えていた。

 心の中ではもう一人の自分が『角付の女の子が大尉なんて、これは好機よ、これを逃せばこんなの二度と誰の前にも訪れないわよ!』と囁くけど、無理無理無理、絶対無理!

 少将閣下は私の返事を聞くと不意に立ち上がられご自分の席に戻られ椅子に腰を掛けられると。


「分不相応であろうが、荷が重すぎようが、君が帝国陸軍軍人で有る限りはやれやらねばならんのだ。すでに作戦は動き出している。帝国の命運は君の双肩にかかっており、もはや逃げる事は叶わぬ」


 決して大声を上げる訳ではなく、口調は先ほどと変わらず実に落ち着いたものなのだけれど、その声の調子と発せられる言葉の一言一句には、拒否しようのない気迫が満ち溢れ、炯々と輝き私を見据える瞳は、獲物を捕らえた肉食の猛獣のそれだった。

 どこをどう探しても拒否する言葉が見つからない。

 嗚呼、こうして兵士は生還を期すことのできない戦場に送り込まれるのね・・・・・・。

 魂の抜けたような私の呆け面をご覧になられ、少将閣下は破顔され。


「案ずることは無い、なにも君一人が開発に臨むわけでは無いぞ、すでに研究施設にはその道で一流と言われた学者二人が君の到着を待っている。カク教授とオウオミ女史だ。君の仕事は二つ。君自身の頭の中にある着想をこの二人を使い実現させる事と、その為にこの二人を軍の強大な権力と莫大な予算で従わせる事だ」

 

 カク・ロホ教授は電子工学の博士で特に電磁波についての専門家。オウオミ・ナオ女史はかつて帝国随一の写真機製造会社『アキツ光学』で数々の名機を設計し世に出した女性技師だ。

 私の上申書は、この二人が現した論文などを参考にしている。

 つまり、私の超大先輩。

 そんな二人の指揮をとれって・・・・・・。と、ここでまた怖気心が湧いてくるが、少将閣下のお顔を見るとそんなの飲み込むしかない。

 私は長椅子から何とか立ち上がり震える手で敬礼しつつ、精いっぱい声を振り絞り「謹んで、拝命いたします」

 少将閣下は再び席を離れられ足早に私の目の前まで来られると。

 なんと私の頬にそっと手を当てられて。


「君を信じている。君ならば必ず成し遂げる」


 私、今度は本当に倒れます・・・・・。

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