第三話 血を吐くほどの美人

円の中に五芒星。


ブラッディサークルと血の五芒星。って言うらしい。

そのど真ん中に立たされる。


田中血太郎として、吐血のチャンピオンとして血を吐かねばならない。

全国のちびっ子が、病気で苦しんでいる人たちが、弱き者たちが、

待ち望んでいるんだ。

田中血太郎の、吐血を。


無理だ!

いや、頑張る気はあるけども!

まだ、ゴポって血を吐くぐらいしかできない僕に、田中血太郎の吐血は無理なんだ!


審判が近寄ってくる。


「見せてください。また、あの吐血を……!」


審判なんだからもっと公平な感じでいろ! お前まで期待するな!

ああ、始まってしまう……いっそ土下座でもして逃げ出せないか……。

弱きになっている僕に聞こえたのは、吐血開始の合図である

「プレイブラッド!」

の掛け声ではなく、冷たい、まるで氷のような女性の声だった。


「こんなことしても無意味じゃない?」


黒髪ショートカットで、めちゃくちゃ可愛い……20歳ぐらいだろうか。

ピタッとした吐血用ユニフォームで、スタイルの良さもはっきりわかる。

ミニスカートから伸びる足は、引き締まっているけど女性的な柔らかさも兼ね備えている。

とりあえず、めっちゃ可愛い子が冷たい声で近づいてきた。

そして、異様なほどに沸くスタジアム。

さっきまでシーンとしてた関係者がやけに盛り上がってやがる。


「久しぶりね。血太郎」


なんてことだ。知り合いか。彼女とかだったら最高だけど、久しぶりねって言ってるしな……」


「ど、どうも……」


ぼんやりした返事をしてしまう僕。仕方がない。交友関係まで洗えてないんだ!


「一度死にかけて、性格でも変わったのかしら。あの自信家だったあなたが、そんな気弱な童貞みたいな喋り方になるなんてね」


クソ失礼な女だ。可愛いけど、こんな性格の女は、女っていうか人間は、だめだ!

僕は、童貞だ! 田中血太郎はどうか知らないけど!


「ま、あんた童貞だったわね。吐血が彼女っていう変態だものね」


田中! お前も童貞だったか! なんだろう! シンクロ率が上がった気がする!


「美原さん、困りますよ!」

「うるさいわね。審判ごときは黙ってなさい」


審判の立場弱いんだな。吐血。

っていうか、こいつ美原っていうのか。


美原はどこからか持って来ていたマイクを使ってしゃべり始める。


「皆さん、っていうか、ここにいるのは関係者と、テレビカメラだけよね。

こんなことしても無駄だと思わない? 吐血は、競い合うもの。

田中血太郎一人に吐血させて、何をどう判断するっていうの?

どうかしら。私、美原美子が相手になってあげる。

この、吐血女子日本代表である、美原美子がね」


ものすごいプレイヤーだったんだな。こいつ。

っていうか、競うの!?

無理無理無理!


僕の気持ちとは裏腹に盛り上がる現場。事件はいつだって現場で起きるんだ。

何かコソコソと話し合う審判と吐血界の大人っぽい人たち。

目が合った主審っぽい人が苦笑いしてくる。

ああ、すみませんねぇ……どにかしますので、みたいなメッセージなのかな?

と思ったら……


謎のOKサインをしてくる主審っぽい人


「それでは、田中血太郎選手対美原美子選手の、エキシビジョンマッチを行います!」


ノリノリだった! クソが!

僕の気持ちとは裏腹に、おぞましいバトル展開……。

僕は、童貞なうえに吐血童貞だってのに、ここで女子日本代表と戦うことになるなんて……!


美原美子がゆっくりと僕に近づいてきて、耳元でささやく。


「あの屈辱は忘れてない。今日はそのリベンジよ」


……田中血太郎。お前、この人に何したんだよ……。

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