第6話 俺と嫁

「一生をかけて、君を幸せにします!」


 10年前、俺が嫁に言ったセリフだ。


 あなたにとって大事なんは性欲だけなの? 

 どれだけ、私が家事と育児で大変か知らんやろ? 

 何よ、させたくなくてしてないんじゃないっちゃばのに。


 その夜、嫁に事情を丁寧に説明し、なんとか誤解は解けたものの、この言葉が頭の片隅に残り、翌日は仕事でミスを連発してしまった。


 俺は、本当に嫁のことを愛しているのか……

 最近の嫁は疲れているように思えた。


「私こそ、あなたを幸せにします」


 嫁からのプロポーズへの返答だ。

 

 嫁はいつも俺と娘のために頑張ってくれている。

 俺はそれに甘えていたのだ。 


 俺は思った。

 嫁を幸せにしたい。


 思い返せば、日頃の家事は嫁に任せっきりだし、先輩とよく飲みに行ってるし、娘の世話もお風呂に入る、オムツを替える以外の大半は嫁に任せっぱなしだ。


 俺は、心を入れ替えた。


 今までほぼ0であった家事を率先してやった。

 皆が食べ終わった食器を洗い、風呂を掃除し、洗濯物を干し、小さなゴミを見つけては、まめにコロコロクリーナーで絡め取る。

 先輩から付き合いが悪いと言われても無視、後輩の誘惑も無視して、真っ直ぐ帰宅。平日でも娘のおままごとに寝るまで付き合い、絆を深めていった。

 

 大切なのは、清潔感でも愛情表現でもない、

 

 思いやりなのだ。


「家事もこよりの世話も積極的にみてもらって助かっとうけど、普段、働いとうやけん、そんなに無理しなくてもいいっちゃばよ」


「いや、今まで何にもしてこなかったから、もっと役に立ちたいんだ」


「……ありがとう」

 嫁は悪戯っぽく笑った。

 テーブルの下にいる娘も屈託のない笑みで、うんちをした。


 ああ、もっと、嫁から喜ばれたい。

 もっと、娘と仲良くなりたい。


 翌日から俺は更なる高みを目指した。


 まず、料理だ。

 美味しいものを食べてもらいたい一心で、料理は俺が担当するようにした。

 何が必要か、何がコスパがいいか、何が栄養価が高いかを中心に周辺のスーパーを買い回る。

 自宅に帰りCOOKPADを精読し、味付け、盛り付け寸分の狂いのない食事を提供した。

 

 掃除もそうだ。

 綺麗な湯舟に入ってもらいたい一心で、水垢一つ残さないぐらい風呂を磨き上げた。恐ろしいほど汚れがとれると評判の大林製薬の『ナイアカン』も当然購入した。もちろん風呂だけでなく、娘も垢ひとつないぐらいに丹念に洗った。

 

 快適なリビングも大事だ。

 床のごみも1粒も残さないように、常に目を光らせる。

 嫁の可愛い顔が反射するように、常に鏡と窓は細心の注意を払い磨き上げた。

 

 娘のおままごともそうだ。

 娘と絆を深めたい一心で……



「……ってゆうか、そこまでやられちゃうと、逆に息苦しいっちゃばけど……」


 嫁は娘を抱っこしながら、頭をぽりぽり掻いた。


「ん? そ、そうかな」


 俺は四つん這いになり、執念深く床のゴミを探していた。


「……もう寝るね、おやすみ」

 2人は俺に背を向けて、寝室へと消えていった。


「ああ、おやすみ。俺はまだここの拭き残しがあるから」


 おっと、ここの床に干からびた米粒発見。

 おっと、今度はクッキーの食べかす発見……


 って、おい!

 

 本末転倒じゃねーか!


 寝室を覗くと、嫁と娘がぐうぐうイビキをかいて寝ていた。

 


 俺の名前は、小松崎 駒雄

 宇宙で一番、嫁と娘を愛している。

 愛の比率は50対50だ。

 今日も、嫁との夜が遠い……


 この物語の主人公である。


 


 了


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日こそ、嫁と! 小林勤務 @kobayashikinmu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ