第4話 俺の友人

「最近、気を抜いてるでしょ?」


 俺のlineに、こんなメッセージが届いた。

 

「自分では、あんまり変わっていないつもりなんだけどなあ」

 俺は打ち返した。

「本当に? 夫婦といっても所詮は赤の他人。そして、男と女なのよ」

 秒速で返信がくる。

 

 午後2時。俺は仕事の打ち合わせが伸びた関係で、少し遅い昼飯を食べていた。

 今まで自分が推進していた企画がダメ出しされて決まらなかったため、少しむしゃくしゃして、一人でラーメン屋に入った。カウンター席で、限定商品である海老塩ラーメンを食べながら、気を紛らわそうと、ある人にlineを送ったのだ。

 

 俺のメッセージに1秒経たず既読になり、返信がくる。

 ちゃんと働いているのかと疑問に思ったが、無視して続けた。

 俺が最初に送ったメッセージは、

「元気? 今度みんなで飲みに行かない?」

 返信は

「元気元気よ。何? 最近悶々としてるの?」

 だ。

 あらゆるプロセスを省略して、そのような返しがくる。まあ、気心が知れた仲なので、なんとなく俺の心境が分かっているのか。


「俺が進めてた企画が却下になった。元はと言えば、課長から言われてやったのに、部長がダメだと言ったら、そのままスルーパスで不採用。先輩もいつもの『課長、おっしゃる通りです』だって。やる気0よ」

「違う違う。仕事なんかどうでもいいじゃない。訊いているのは、してるのってことよ」

 平日昼間からそっちかーい。このラーメン屋がコントのような張りぼて造りだったら、四方の壁が同時に外側に崩れるところだ。


「夫婦仲がよくないと、色々支障きたすわよ」

 彼女との会話は、9割下ネタである。まあ、俺も嫌いじゃないのだが。

「やっぱり女は、身だしなみを見てるわよ。怠けているでしょ? 女は何歳になっても女だからね。常に、自分が誰かに触れられることを想定した生き物なのよ」


 ちゃんと髭剃ってる?

 爪切ってる? 

 歯だけじゃくて舌もブラッシングしてる?

 えっ……歯は磨いてるよね……?


 歯ぐらい磨いてるわ、と突っ込む隙は与えず、ぽんぽんとメッセージが入る。

 そんなやりとりをしていると、仕事のことなぞどうでも良くなり、なぜか彼女のいうことも一理あるなと錯覚し、実践してみるかという気持ちになった。確か、彼女は何かの資格を持っていた気がする。人の心理を誘導するのに長けているらしい……


 自宅に帰り、俺は早速試した。

 

 まず、清潔感だ。

 俺は入浴時間を長くして、全身から汗を噴き出させて、溜まった老廃物を排出した。そして、つま先からつむじまで丹念に洗う。毎日入浴を共にする、こよりも光り輝くぐらいに洗った。

 風呂から上がると、こよりの体をくまなく拭き一足先に居間へと送り出す。そして、すぐさま俺は髪の毛をセットし直し、目に見えるムダ毛をピンセットで抜いた。

 普段、外ではコンタクトで、帰宅をすると眼鏡に変えるのだが、今日は暫くコンタクトレンズを外していない。

 1ミリの妥協もない。

 今のところ、全てが順調だ。

 

 来てる。

 

 何かが俺の頭上に来てる……!

 

 意気揚々と洗面所から居間に戻る。

 その時。

 ドアを開けた俺の目に飛び込んできたものは、

 真っ赤な顔で失神していた娘だった。


「なんしょっと、風呂長すぎ! こよりがのぼせちゃったじゃない!」


 俺は思った。

 なんてこった!

 こうも思った。

 自分が恥ずかしい。


 その日の夜、送られたメッセージは

「何でも聞いて♡」と書かれた、自分の胸をドンと叩いている不細工なパンダの絵文字だった。 


 彼女の名前は、小久保 保子

 営業事務。

 国際恋愛心理検定2級(TOLPI)

 全日本セラピスト協会技能士

 昔から恋愛ジャンキーかつ、マスターオブラブと呼ばれている。

 今まで彼氏がいたというのは確認していない。

 大学時代からの友人である。

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