第8話 運命の歯車

「長老! 長老はいらっしゃいますか!」


俺は声の限り玄関の扉の前で叫んだ。

長老の家につく頃には水流は穏やかになり、足の半分ほどの水深になっている。


すると裏の方から呼ぶ声がしたのでそちらへ周ると、縁側に座った長老をはじめとする見慣れた顔ぶれが勢揃いしていた。


俺がその中に立ったのを見ると、長老は咳払いをして、


「まあ、ぼちぼち始めるぞ。今回は昨夜の大雨で湖の水が溢れたことによる災害のようだ。またさっき熊崎に確認してもらったんだが、今のところ行方不明者や死人は出ておらんそうだ」


長老の言葉を聞いて、みなの顔に安堵の色が浮かんだ。


「だがしかし、このような災いが起こったのは近年稀のこと。昨日はよく晴れていたのに全く突然のことであった。やはり、雨の神がお怒りになっているのかもしれぬ」

「……その原因は、日頃の怠惰な態度のせいでしょうか?」

「いやいや、俺は今年よく働いたぞ。誰がお供え物でも盗ったんじゃないのか。俺は知らんぞ!」

「神の逆鱗に触れたとなると、昨日の発言が一番怪しい気がする」


誰かがそうぼそりとつぶやいたとたん、人々は一瞬静かになり、次の瞬間、


「そうだ! 柊のやつがあんなバチあたりなことを言ったから!」

「あいつ……いっつも厄介なことを引き起こすと思っていたよ。疫病神だって」

「そいつは決まりだ! そんじゃそんじゃ長老! 神のお怒りをなだめるにはどうしたらいいんかな」


そう隣の男が前のめりで聞いたとたん、村のお調子者がひらめいたとばかりに場の中心に躍り出て、


「長老に聞くまでもねぇ。そりゃ神様に貢物をお渡しすればいいんだ」


それまで勢いに押されていた俺はいつものごとくなかなか柊をかばえなかったが、その言葉を聞いた瞬間体の芯が凍りついた。


「貢物ってなんだい?」

「村の中から一人、神様にお供えするのさ。昔の土砂崩れのときもやったんだ。あ、お前は別の村から来たから知らねぇだろうけど、このあたりじゃよく行われてる方法さ」


心臓がドクドクと激しい音をたてた。


頭が真っ白になって、この話の流れを変えたいのに、なかなか体が言うことを聞かない。


「え、生贄ってことか……。でも、そんなの誰がやるんだよ」

「そりゃ決まってんだろ」


そう言うと男は向こうの方を指差して、


「あいつだ」


そこに立っていたのは、遅れてやってきた柊だった。

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