第10話 異国からの訪問者

 2020年10月12日月曜日の放課後。

 蒼海そうかい大学付属高等学院の道場内では、ウォーミングアップが終わり、打ち込み練習を行う時間となっていた。

 本日は飛鳥あすかが急用のため博多の地下修練場が使用できず、従来通り道場での練習をおこなっている。

 畳の擦れる音が何重にも重なり合う中、監督の井上いのうえは、生徒たちが技を打ち込む姿を目に焼き付けていた。


木場きば、引き手が甘いぞっ!! 自分の目線より上だっ!!」


了解うっす!!」


「ふう……五十嵐いがらし、備品の調達の依頼は出来ているか?」


「備品ですか? ……はい、絶賛遂行中もんだいなしですっ!!」


「そうか……」


「……? 井上監督、なにか考えごとですかっ!?」


「ああ……土曜の試合を思い出していたんだよ」


「……黒い柔道着の集団のことですかっ!?」


「そうだな……このままの指導方法で問題ないのか考えていたところだ。飛鳥あすかさんの訓練施設が使えるとは言え、あと1年弱の期間でアイツらに勝てるのかどうか……正直見当がつかんな」


「そうですね……私も一応分析しているのですが……あの実力レベルに勝てるのは、大学生レベルでも怪しいと言いますか……プロ柔道選手が相手にならないと勝てなさそうですねっ!!」


「プロか……青桐あおぎり石山いしやま伊集院いじゅういん木場きば花染はなぞめ……彼ら5人の今後の成長性に賭けるしかないな。五十嵐、花染葵はなぞめあおいは今どうしている?」


「葵さんですか? 多分事務の作業をしているはずですっ!!」


「練習試合の予算をどれだけ引っ張れるか確認してきてくれないか? 見積もりを取って来てくれ」


了解うっす!!」


 右手で敬礼する五十嵐は、威勢よく道場を飛び出していく。

 敷地を跨いで5歩ほど進んだ彼女。

 忘れ物でもしたのだろうか。

 殺人鬼にでも追いかけられているような形相で道場へと戻って来た。


「たたたた、異常事態たいへんですっ!! なんか、外人がっ!! げほげほっ!! あ、私咽ましたねぇっ!!」


「五十嵐……忘れ物か? 流石にそそかしい……」


「違いますよ井上監督っ!! がそこに居たんですっ!!」


「他校の外人……?」


 目をかっぴらいて訴えかける五十嵐。

 彼のか細い人差し指が指し示す方向には、見慣れない4人の外人と、花染はなぞめ木場きばといった2年生の生徒が良く知る人物が道場を訪ねて来ていた。

 今年のインターハイ出場をかけた福岡大会の決勝で、蒼海大学付属高等学院の選手達と戦ったチームの主将、大原乃亜おおはらのあである。

 ホリゾンブルーの色をした金平糖のような髪型をしている彼。

 後ろでソワソワしながら周囲を見渡している外人達を尻目に、花染と木場に話しかけてくる。


「よう花染。全国は惜しかったな」


「……風はこう言っている。何しに来たんだお前らはとな。それに……」


「ああ、コイツらはな……見学したいって駄々をこねられてな……気にしなくていい」


「おう大原っ!! てめぇ喧嘩じょうとうかましにきたのかぁ!?」


「おいおい、それは流石に物騒やばん過ぎるだろ……挨拶チカヅキだよ挨拶チカヅキ!! 学校名が変わったから、そのお知らせで来たんだよ」


「あぁ? 学校名が変わった? 城南高等学院じゃねえのか?」


「ああ、色々と学校が吸収合併されてな……これからは城南国際糸島アイランドスクール学院高等高校って名前になった」


「……あぁ~んだって?」


「城南国際糸島アイランドスクール学院高等高校」


「……誰がそんな糞みてぇな名前付けたんだ?」


「うちの財前ざいぜん理事長だな」


「そいつ馬鹿パーなんじゃねぇの……?」


「……そうだなぁ」


 花染と木場と話していく内に、どんどん目を背けていく大原。

 彼も学内の事情に関しては色々と思う所があるようで、歯切れの悪い言葉しか出てこない。


「……まあ、うん、そういうことだから。これからうちの高校を呼ぶときは気を付けてくれよ。それとだ……俺含めて、が来年のレギュラー候補だから。今度は勝たせてもらうからよろしくな」


 最後に一瞬語気が荒くなった大原。

 対照的に、彼に紹介されて無言のまま微笑む外人選手達。

 来訪者の5人は、入口で一礼すると、道場を後にしていく。

 やることを終えた大原達は、校門前で待たせている外国人コーチの元へと、足早に向かって行った。


「ふー……」


「も~キャプテンだけズルいですヨ!! ワタシ達もお喋りしたかったデス!!」


「シモン、流石に収拾がつかなくなるから勘弁してくれ……」


「そんなコト無いヨ!! オリバーはキャプテンの手腕ウデヲ信じてるヨ!!」


「HAHAHA!! 俺達もう喋ってもいいのカ!?」


「It's quite difficult to keep silent. I'm about to have a conversation……(無言を貫くのもなかなか大変ですね。俺もそろそろ会話を……)」


「……あぁぁぁぁ!! やっぱりこうなるじゃんっ!? お前ら、学校に帰るまで口を開かないことっ!! OK!?」


『えェ~?』


「……大原さん、もうよろしいのですか?」


「……!! ええ、もう大丈夫です、ジョンソンヘッドコーチ。無理を言ってすみません」


「いえいえ、生徒のお願いをなるべく叶えてあげるのが、指導者センコーとしての役割ですので」


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 福岡県に存在する能古島という離島。

 緑豊かな島だったのだが、現在は、無数の土木作業員がひっきりなしに工事を行っており、商業施設が次々と建設されていっている。

 この島を再開発する人間の名は財前富男ざいぜんとみお

 城南国際糸島アイランドスクール高等学院高校の理事長であり、莫大な財を持って能古島にこの高校を創設した人間である。

 彼は今、秘書と今後の打ち合わせを行いながら、札束の山に身を預け、金の匂いを自分の体に塗りこんでいる最中であった。

 金髪のアフロに、ワインのように真っ赤な衣服へと袖を通す贅肉だらけの彼。

 金に魂が宿った人間と言われても仕方がないような人物である。


「財前様、以上が今後の方針になりますがよろしいでしょうか」


「あー……はいはい、OKグーですよ。バッチOKグーです」


「……あの、本当ガチでいいのですか? 他校への妨害工作なのですし、もうちょっと細部を詰めた方がいいのでは……」


「煩いですねぇ……煩いですねぇ!! ワタクシが言っているのですから小市民は黙って言う事を聞いていればいいのですっ!!」


「わ、分かりました!! 失礼します!!」


「あぁー馬鹿ぱっぱらぱーな部下のせいで、おこになってきましたよぉ……!! 補助金チューチューするんですから、頼みますよぉっ!! それに後で蒼海のバリューを発行しておかないとですねぇ!! ん? 電話ですか……はいもしも~し」


『財前さんッ!! 特攻じゅうどうの準備は出来てるぜッ!! こっちはいつでもOKバッチグ―だッ!! 』


「あ、はいはい分かりました。それではよろです~……は~ー……煩い小市民ですよ」


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不死原ふじわらのアニキッ!! 今の電話は財前の奴っすかッ!? 特攻じゅうどうの合図っすかッ!?」


「お~うよ……いいか野郎どもッ!! 積年の恨みを晴らすときが来たぜッ!! 柔道着マトイの準備はいいかぁッ!?」


「ウォォォォッ!!」


「俺達は財前の野郎を利用してぇッ!! この世界シャバ1番てっぺんを取るッ!! 覚悟完了ガンギマてっかッ!?」


「ウォォォォッ!!」


「行くぞ野郎どもォッ!! 柔道着マトイ着てきめて出発でっぱつだァァァァッ!!」


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 社会人アマチュアランク1位不死原一騎ふじわらいっき

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