第9話 越えがたき壁

 激闘の末にもぎ取った一本勝ち。

 場内から出ていく青桐の勝利を祝福すると共に、右膝の具合を心配するチームのメンバー。

 井上監督はすぐさまマネージャーにアイシングの指示を出す。


五十嵐いがらし!! 氷を……」


「はいっ!! 準備は出来ていますっ!!」


「いや、ぶつけたからってそんな大袈裟にしなくても……」


「アイシング、バッチこぉぉぉぉい!!」


「……」


 断ろうとしたが青桐だが、既に氷袋を作ってしまっていた五十嵐マネージャーの勢いに押されて、しぶしぶ受け取り膝を冷やす。

 幸い打撲程度の腫れが出ているだけで、骨が折れているわけではないようだ。


「……青桐、勝ったのは良い。だがこういう柔道を続けられると、俺としては止めざるを得なくなる。無茶やんちゃするのは今回だけにするんだぞ」


了解うっす……分かりました」


「ふぅ……石山いしやまっ!! 青桐に続いて行けっ!!」


「わ、分かったばい!!」


 決勝戦第2試合。

 念入りな柔軟運動を終え気合いを入れる石山の相手は、蠅野はえのという金髪の巨漢。

 東京の新人戦に乱入してきた7人の集団の1人である。

 両者100㎏越えの体格有する同士の戦い。

 力と力のぶつかり合いになる。

 観客達は誰もがそう思った。

 だが実際は……


開始はじめっ!!」


「……オデ、戦ウッ!!」


「こぉぉぉ……い!?」


 眩い光を身に纏うと、巨大な肉の塊は、真正面からぶつかりながら組み合って来る。

 腰を深く落として衝撃を受け止める石山。

 雷鳴が轟く中、五十嵐マネージャーから事前に聞いていた情報を思い出す。


(マネージャーの言ってた通り……この巨体ガタイでばり早か!! 雷属性なんて普通思わんばい!! お、押し込まれ……!?)


 一度組み合った蠅野は、何故か組み合った両手をきっていくと、後方へと下がり距離を取る。

 再び突進してくる。

 そう考えた石山は、今持てる技の中で最も防御に秀でた技を繰り出す。

 体を鋼の硬度まで上昇させ、全てを受け止める鉄壁の要塞と化す技。

 No.79―――


「鋼の……」


「ブルァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!」


 怪物の雄叫びが場内に響く。

 人が反応できる速度を優に超えた……

 雷の化身の如き蠅野は、石山の道着を右手は奥襟部分を、左手は前裾部分を握りしめ、脳が電気信号を発するよりも早く、石山の右足を刈り取っていく。

 大外刈り。

 その威力は10トンを超える鉄球にぶつかったようでもある。

 地面へと叩きつけられる石山。

 そのあまりの衝撃に、地震のような揺れが会場全体に広がっていく。


「い、一本っ!!」


「フシュー……!! フシュー……!!」


「う、うそばい……」

 

 青桐の勝利で、知らずのうちに浮かれていたのかもしれない。

 圧倒的な力も、蓋を開けてみれば過大評価だったのかもしれない。

 そう高をくくっていたのだが、目の前の現実が、夢見心地だった人間全ての目を覚まさせる。


(青桐の勝利で後続も勝てるかと思ったが……俺の見積もりが甘かったか? 簡単に倒されるほど、石山の守りは脆くない。リヴォルツィオーネ……なんて集団だ……!!)


「……伊集院いじゅういん、お前の勝てる確率は今どのくらいだ?」


「……0割0分3厘ですかね。まあ、データはデータ……そんなもの、俺が覆してやりますよ」


 石山の敗北を受け止めてなお負けるつもりのない伊集院。

 彼と変わるようにして場内に入ると、敵の大将である賭香月とかつきと名乗るひょろ長の男と対面する。

 闇のように暗い青髪に、目の下にはクマが出来ており、不吉なオーラを肌に纏っている彼。

 ぶつぶつと何かを呟いている相手を尻目に、伊集院は目の前の敵の分析を行っている。


(五十嵐の話によれば、使用する技は水属性の技……青桐と似たような戦い方をするとみていいのか? ……とすると、連撃の始動は何としても止めたいな)


 審判の合図と共に両者が動き出す。

 先に仕掛けたのは伊集院。

 地面を凍らせ相手の行動範囲を狭める。

 

「ああ、アナタ、氷属性ですか。俺思うんですよね……この属性ってとにかく戦いにくくて仕方がないって……技を受けると、必ず何か悪いことが起こるじゃないですか? 受け止めるのではなくて技を避けないといけないのが……」


「……随分とお喋りおしゃまだな」

 

 伊集院は賭香月の左足首の部分を狙い、己の左足で足払いを仕掛ける。

 当然普通の技ではない。

 組み合った両手はハンドルを切るように反時計回りに回転させ、上体を回すようにしながら払い上げる支釣込足の強化技。

 この技を食らった部分には、氷の塊が付着し、その重さで本来の俊敏性が損なわれる。

 No.16―――


樹氷倒じゅひょうだし……!!」


「おっとっと……」


 伊集院の足技が賭香月の状態を大きく崩し、そのまま畳へと倒れていく黒衣の猛者。

 判定は技あり。

 畳に倒れ込む賭香月を抑え込もうと、寝技へと持ち込もうとするも、相手は亀のように丸まる防御姿勢を取られてしまう。

 ここからの攻防は時間の無駄だと判断した伊集院。

 自ら寝技を行うことを諦め、背を向けて白いテープの前に移動する。

 審判から待てがかかり、両者試合開始時点で立っていた場所に戻る。

 

「……これですよこれ。ああ……憂鬱なえる……技ありも取られてしまった……絶対絶命おわりだ……」


「……」


「ふっふ……ふふふふ……!! ちょっとだけ滾ってワクワクしてきましたよー……」


「……!? これは……!!」


 ポイントの優劣では賭香月が劣勢である。

 それでも彼の飄々とした態度は崩れない。

 それどころか、先ほどまでと纏う空気が変わった。

 対面するだけで底なし沼にハマっていく感覚。

 薄気味悪く笑う賭香月は柔皇の技、八雲刈やくもがりを繰り出す。

 青桐よりも分厚く巨大な白雲をまき散らしながら、弱体化しているにも関わらず青桐の技と遜色ない切れ味の技を―――


「……ふはっ!! 〆です、さようなら……」


 伊集院は左足を引き、守りの姿勢である自護体を行うも、それを薄氷のように打ち砕いていく賭香月の足技。

 体勢を崩された伊集院は、背を向け右後腰に乗せ、そこを支点に後方に脚を払い上げ、相手を横に泳がせる様に投げ飛ばす払い腰を食らい、成す術もなく投げられていく。


「……!!」


「う~ん……えぐいと聞いていたのですがねぇ……まだ足りない足りなすぎる……俺、不満ぴえんですよ……」


 物寂しそうに伊集院を見つめながら、場内中央へと歩を進める賭香月。

 福岡で開かれた大会の決勝。

 結果は1勝2敗で蒼海大学付属高等学院の敗北となった。

 この日改めて、柔道に携わる人間は思い知らされる。

 柔道界せかいに反逆する集団の、圧倒的な力を――― 

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