第11話 かつての記憶

 2020年10月17日土曜日。

 自衛隊でも泣き言を漏らすような修練場での特訓を終えた青桐あおぎり

 博多駅で現地解散となった彼は、電車に乗り込み帰宅するのかと思えば、家の方角とは逆方向に向かっていた。

 青桐が小学5年生の時によく訪れていた場所。

 先週の土曜日に大会が行われたばかりの大濠公園だ。

 日はとっくの昔に暮れており、広場には出店のようなものが立ち並んでいる。

 花火が打ち上がるまでの時間、青桐含め見物人達は思い思いに過ごしていた。

 青桐は人混みから少し離れた場所へと向かって行く。

 目に見えてきたのは、誰でも自由に使用できる試合場であった。

 ここで昔、自分と夏川鈴音なつかわすずね、そしてもう1人の幼馴染と共に汗を流しており、本来ならまた3人でここを訪れたかったのだが、1人は未だに病院のベッドで永い眠りについており、もう1人の幼馴染は福岡の別の高校へと進学しており、音信不通の状態であった。

 懐かしそうに試合場を眺める青桐。

 彼の脳裏には、かつての記憶が蘇っていた。


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『やぁぁぁ!!』


『ぐぇっ!! ……龍夜りゅうや、このお転婆じゃじゃうまの相手を頼む。へへっ……俺、もう限界ダメみたいだ』


『お、おい、隼人はやとっ!? ばてるの早すぎだろっ!? 言い出しっぺお前のくせにっ!!』


『龍夜……その馬鹿ヘタレ放っておいて、さっさと練習の続きやるわよ』


『ちょ、タイムタイム!! 俺さっきやったばっか……』


『問答無用、さあ、こぉぉぉぉい!!』


『く……うぉっ!?』


『ふー……ワタシの勝ちねっ!!』


『ず、ずりぃ……俺、全然休めてないのに……』


『もう、泣き言を言わないの!! ほら、手ぇ貸すから……』


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(……よく3人で乱取りれんしゅうじあいやってたなぁ……隼人の野郎は速攻そくでばてるし……あの頃は鈴音にもボコボコにされてたなぁ……)


「お~う青桐っ!! お前もここに来てたのかっ!!」


「あ、木場きば先輩。お疲れ様です」


 感傷に浸っていた青桐の元へと近づいて来た人物。

 彼の1個上の先輩である木場燈牙きばとうがが、青桐の背中越しに話しかけてきた。

 ウニのようにトゲトゲした猩々緋色の髪型に、顎鬚を生やしている体格の良い彼。

 額には鉢巻を撒いており、出店の手伝いをしていたのが見て取れる。

 

「……なんか俺、邪魔した?」


「いや!! そんなことないですよ」


「そうか、それならいいんだがな……どうだ、暇なら俺の所の出店に来るか? 親父がお前を見かけてよ……連れて来いってやかましいんだわ」


「そうなんですか。分かりました、良いっすよ」


 木場に連れられて、屋台の行列の一角に佇んでいる焼きそば屋に移動した青桐。

 店の前には長蛇の列が出来ており、祭りの定番商品を求める人で溢れ返っている。


「親父ぃ!! 連れて来た……」


「てめぇ何処をほっつき歩いてやがった!? あ"ぁ"ん"!?」


「いやいやいや……親父が青桐を連れて来いって言ったんだろ!?」


「……あ、そうだったな。悪い悪いっ!! こんな多忙ドタバタだと1分前のことも忘れちまうよ!! おう!! 青桐君、いつもうちの愚息ばかが世話になってるな!!」


「どうもお疲れ様です、木場のおやっさん」


「か~……若いのに礼儀正しいビッっとしてんねぇ~……見習って欲しいなぁ、どっかの誰かさんもなぁ!!」


「親父……酒でもきめてんじゃねぇか……?」


「はっ!! 愚息ばかにしては冴えてんねぇ!!」


「おいおいおい!? 仕事中に何やってんだよっ!!」


 取っ組み合いの喧嘩を始める木場親子。

 花火師である木場の父親は、花火が打ち上がるまでの時間、こうやって出店を開いて荒稼ぎしているようで、木場はその手伝いを行っているそうだ。

 夏祭りの際にも彼ら親子の元に招かれており、この光景を見るのは今年に入って2回目となる。


「青桐君!! そこの焼きそば!! 作っておいたから食べていきなさい。おっちゃんの奢り!!」


「良いんすか?」


「おう!! じゃんじゃん食べてって!! 木場!! おめぇは勝手に食うんじゃねぇぞ!!」


「あ"ぁ"!? 食うわけねぇだろ食中毒ゲリになるわ……ぐぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」


 熱々のコテを顔面に投げつけられた木場。

 青桐の近くに倒れ込むと、毒餌を食べた昆虫のようにのたうち回っている。

 鉄パイプの椅子に座って焼きそばを食している青桐は、その光景を見ながら木場へと声を掛ける。


「木場先輩、大丈夫っすか?」


「……っ!! いや大丈夫じゃねぇかもしれねぇ!! あの糞ジジイアルチュウ……!! 限度を考えろよな!?」


「豪快っすね、木場のおやっさんは」


「青桐、アイツを持って帰らねぇか?」


「……いや、遠慮しときます……ん?」


「……青桐、なんか声がしたよな?」


「そうっすね。イベント会場じゃないっすかね」


「おう愚息ばか!! 向こうで騒いでる野郎アホどもを黙らせて来いっ!!」


「へいへい、分かったよ」


「木場先輩、俺も行きますよ」


現実マジ? んじゃ頼むわ、ちゃっちゃと終わらせようや」


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 祭りの中央に陣取っている会場。

 本来ならそこで、ビンゴ大会などのイベントが行われているのだが、どうも様子がおかしい。

 野太い男の叫び声と共に、会場では悲鳴のようなものが上がっている。

 異変に気が付いた木場と青桐は、急遽現場へと駆けつけることなった。

 会場には柔道で使う畳が敷き詰められており、本来なら余興を兼ねた試合が行われるはずだった。

 だが現在は、柔道着を着た20人ほどの不良と思わしき人物達が敷地内を占領しており、周囲の人間を威圧している。


「んだよありゃ……」


反社チンピラっすね。柔道着を着てますけど……」


「ひゃっは~!! 市民パンピー恫喝がじるの楽しいぜぇ!! 不死原ふじわらのアニキッ!! 宣戦布告かまして下さいッ!!」


「……あーあーマイクテスト……うっしゃぁ!! 聞けぇ市民パンピーどもッ!! この広場は俺達、反社会柔道組織YAWARAが占領したッ!! 返して欲しくばぁ~……蒼海の人間を連れて来いッ!! つーわけで夜露死苦ッ!!」


「俺らをご指名だってよぉ……青桐、お前知り合い?」


「あんな連中、知り合いなわけないじゃないですか……どうします? アイツら」


「そうだなぁ……青桐、道着持ってきてるか?」


「ええ、練習帰りなんで。木場先輩は?」


「バッチリよ。んじゃ~ちょっくら柔道やるか」


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 青桐達が現場に駆け付けた頃、怯える観客達の中に紛れて、能天気に会話をしていた3人の外人がいた。

 数日前に青桐達の高校を訪問したあの外人達だ。

 日本へと留学している彼らは、日本の祭りを堪能しつつ、発生したハプニングを見て楽しそうに話していた。


「日本でモ、こんな物騒ナことってアルんだネ。オリバー、ビックリしちゃったヨ」


「HAHAHA!! ブラジルに比べたら可愛いもんだゼ!! 子供のお遊戯たわむれみたいなもんサ!!」


「Well, it's peaceful compared to Africa.(まあ、アフリカに比べたら平和なものですよ。)」


「……アレ? あの人達ッテ、蒼海高校の人達? ……そうダ!! オリバー思いついチャッタ!!」


「おう? 何だい兄弟ブラザー!?」


「What did you come up with?(なにを思いついたのですか?)」


「あの騒いでイル人達ッテ、どう考えテモ悪い人デショ? それで、蒼海の人達は多分良い人ッ!!」


「そうだなぁ……止めに行ってるからナ……」


「オリバー達モ、蒼海の人達に加勢するノ!! そしたオリバー達、ヒーローだヨッ!!」


「ッ!! ヒーロー!?」


「Ohh……Hero……」


 大型犬のように人懐っこい笑顔で、仲間達に提案するオリバーと言う青年。

 連れの2人はヒーローと言う言葉に心が動かされたようで、3人は背負っているバッグから道着を取り出すと、無言で着替え、青桐達の元へと遠足気分で向かって行ったのだった。

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