第10話 勇者達は苦戦していた

 勇者マリウサはパーティーとともに、孤立していた。正確には、本来のパーティーと僅かばかりの騎士達とである。怪我人と本隊を撤退させる殿軍となって戦っていたが、魔王軍に包囲されることになってしまったのである。

「ここは、私が血路を切り開くから、私が支えている間にあなた方は、逃げてちょうだい。」

マリウサが力なく、懇願するように言ったが、逆に疲れ果てている面々から、

「なにを言ってるんですか!勇者様を捨てて逃げるなど出来ません!」

と力一杯反対されてしまった。彼女はそれだけ慕われていた。身近で接したのは僅かな時間でしかない騎士達にも慕われていた。彼女には、少数だが周囲の者が彼女を慕わせるものがあった。しかし、完全に諦めざるを得ないところまできてしまっていた。何とか、皆を導いて、全てとは言わないが何人かでも生きて帰そうと考えていた。その時だった。

 大音響と振動、衝撃、土煙が魔族の陣営を覆った。それが収まって、視界が開けると、混乱している魔族の姿が見えた。なにが起こったのかは分からなかったが、今が好機だと感じた。マリウサは、

「みんな!今だ!生きるために、命をかける時だ!」

 自らも力を、その声で奮い立たすように叫んで立ち上がった。その彼女に皆が奮い立ち、気力をふりしぼって彼女に続いた。彼女らの突撃に、魔王軍は完全に総崩れになった。

「やりましたね、勇者様!」

 そんな声を皆がかけていると、

「全くいい気なものね!」

「勇者様の突撃は確かに大きかったんだ。そんなことは言うな。」

 彼女らの前に七つの人影が現れた。

「何でここに?」

と言ってから、慌てて、

「ご助勢いただいたことは、もちろん感謝してはいるのだが。」

と付け加えた。

 マエミチは、女神の方を見た。

「念のため、あなた方4人に精霊をつけておいたのですが、それが役にたちました。」

 静な口調で言ったが、“あっさり振らないでよね。くたくたの中でやってあげたんだからね!”と心の中で文句を言った。

「どうしてこうなったのかを、今お聴きしたいところですが、本隊も苦戦しているので、お疲れでしょうが、本隊と合流しましょう。」

“ちょっと待ってよ!こんなに沢山無理よー!”しかし、彼は徒と馬で行くつもりだったので、胸をなで下ろした。

「あら、とっくの昔に逃げかえっていたと思いましたわ。」

 彼らが本隊に合流すると、嘲るような、挑発する言葉が投げかけられ、勇者パーティー二つがあわや衝突するところに、マエミチが割って入った。

「今ここで争いあってもしかたがないでしょう。それに、」

 彼は言葉を切り、周囲を見渡した。将軍達は下を向いていた。

「予想より魔王軍の兵力が多かったのが、マリウサ殿の苦戦の原因。速やかな援軍を出さなかったのは、失態としか言えないのではありませんか?」

 彼は穏やかだが、断固した調子で指摘した。

「我らは前線で、そのようなことは聞いていなかったのだ。」

 ブエラだった。

「押されている我らが、弁明はできまい。かなりの魔族を引き受けてくれたマリウサ殿に感謝しなければなるまいし、我らの腑甲斐なさを詫びねばならん。」

 少し疲れたように言ったのはアンドラだった。ブエラは、面白くなさそうだったが、頷いた。シシャは、関係ないかのような顔で、

「では生産的な話をいたしましょう。これからどうしますか?一旦、引いて体制を整えるのが得策ですか?」

「それが簡単にできるのなら…。 」 

 ブエラが戸惑った表情を見せた。口を開かなかったが、アンドラも大きく頷いた。マリウサも同感だという表情を見せた。シシャは、隠れて笑みを浮かべて、

「それでは、」

と言いかけた。その時、マエミチの手があがった。

「私達が壁になりましょう。ん  ?何か問題がありますか?」

 そう言いながら、女神の方に顔を向けた。“そうやって、やたらに私に振らないでよね!”と心の中で毒づきながらも、

「コホン」

と咳払いした。

「私は誰かだけを支持しようとは思いません。しかし、今重要なことは魔王を倒すことです。体制を立て直す必要があります。速やかに、一旦引いて、体制を立て直しなさい。この者達に、その時間を与えさせますから!」

 凜とした調子で命ずると、それに反対する声は上がらなかった。

「でもね、あなた達だけで本当に大丈夫なの、本当に?」

 勇者達と軍が引き揚げるのを背にして、魔軍に対峙している時に、一応威厳を繕いながらも、震えながら恐る恐る尋ねると、

「多分大丈夫さ。」

「多分ですって!」

 思わず声をあげた。

「危なくなったら、女神様も連れて逃げるから心配するな。」



 

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