第8話 勇者達なしで
魔界との境界付近にある魔王軍の拠点への攻撃の準備は整っていた。周囲を囲む軍の陣形も整えられていた。明日、総攻撃開始というところだった。
そこに急使が来たのだ。数百㎞離れたピサ王国に魔王率いる大軍が、侵攻してきたというのである。こちらの拠点、そこからの侵攻は陽動だったのである。ピサ王国が陥落すれば、一気に主要諸国に雪崩こむことになる。だから、こちらの軍を引き返させるということはことだが、間に合うものではないし、後ろからの攻撃を受けかねない。如何したものかと誰もが、頭を抱えた。
「女神様。何人までなら転移出来ますか?」
不意にヨツユキは、バエラに訊ねた。
「え?う~ん。ギリギリ40人くらいかな~…。」
皆の視線が集まった。慌てて、
「この世界では、私の力は制限されています。それをしたら、疲労困憊、しばらく動けなくなります。」
マエミチは、難しい顔で考えていたし、かなり悩んでいるようだった。
「勇者様方全員に行ってもらいましょう。それから、可能な限り全員、30人も加えるので、勇者様方、至急選抜して下さい!」
“ちょっと、ちょっと何勝手に決めているのよ。この私を、まるでバスかなんか、もとい、旅客機のように扱っちゃって!今の私だと、そんなことしたら、息も絶え絶えになっちゃうのよ。何考えているのよ!”
と心の中で悲鳴をあげたが、直ぐに彼が彼女の前で跪いて、
「女神様。無理なお願いを申し上げて申し訳ありません。しかし、ここは急を要するとのこと。魔王の側も勇者様全員が、というのは想定外のことと思われます。ここは、女神様のお力をお借りするしかありません。」
“こいつ~。”とは思ったが、威厳を必死に保ちながら、微笑んで、
「分かりました。あなたの願い、聞き届けました。勇者達よ、早くなさい。」
と言わざるを得なかった。
「マリエラ殿のパーティーは7人だから全員でよろしいが、あとの3方は8人づつを選抜して下さい。」
“ちょっと、勝手にまた一人増やすな~。この悪魔~。”
「ワァレアを同行させますから。彼女は自分で転移しますし、帰りは女神様をお連れして転移してもらいますから。」
“あ~!最初から、その低級神にやらせなさいよ~!”と泣きわめいた、心の中で。
「はい。女神様のことはお任せ下さい。」
そう言って、頭を下げたが、一瞬、嘲笑うような視線を感じた。
“このクソ低級神!”
「直ぐに戻って、力を回復して戦線に参加してくれ。お前の戦力がないのはとても不安だからな。」
「はい。分かっております。」
“私だって分かっているわよ~。こいつが戦力にならなくなったら困るってことは。でも、でも、でも~!”分かってはいたが、我慢出来なかった。さすがに、多少揉めたが、人選は直ぐに終わった。
「行きますよ。では、あとは頼みましたよ。」
“いや~、死ぬ~!”光の中に36人は消え、ワァレアも続いて光の中に消えた。
「ガミュ。結界を突き破って、城壁の一部でも、何とか数人くらいは突入できる程度に崩せるか?」
傍らの魔王の娘のガミュに、ヨツユキは訊ねた。彼女は、魔法で角を隠していた。流石に、魔族がいるのが目立ちすぎるのは、士気も含め色々と問題があったからだ。
「できると思うが、かなり力を消費するな。ある程度、回復するまでに少し時間がかかるかもしれんぞ。」
少しもばかり考える風情で、自信なさげに答えた。
「それは痛いが。」
石橋を叩いて渡るなら、このまま包囲して、勇者達の帰りを待つ方が得策だ。しかし、勇者達が姿を消したことでの士気が低下するのは目に見えている。対陣が長引けばなおさらだ。そこを急襲されたら面倒だし、下手に撤収したら後ろから襲われるだろう。士気が落ち、油断はしなくても戦う意志がなくなっている状態になっては、返り討ちなぞ困難だ。
「後方で休んでいてくれて。」
「それは断る!」
命令でも聞かないと言う顔だった。無理矢理服従させることは出来たが、
「分かった。俺の側にいろ。回復するまで、守ってやるから。」
「そこまで言われたら、全力でやってやろう。」
嬉しそうに胸を張った。“かわいい奴だ。”
「我々4人が先頭になって突入するので、それに続いてほしい。」
彼の自信たっぷりの言葉に半信半疑ながらも、将軍達は準備を進めた。
そして、投石機や特大石弓での攻撃、魔法神官や魔道士達の魔法攻撃も始まった。魔軍砦の防御結界に負担がかかる。少しでもガミュの負担を減らしたかった。
「あ、間に合ったな。」
「休ませてよ~。」
声が後ろ姿から聞こえてきた。ウァレアに肩を借りて、疲労困憊のバエラがいた。
「行くぞ!」
特大の衝撃魔法が砦と一角に集中された。結界は歪み、そして消滅し、轟音とともに砦の一角が石垣てともに崩れるのが見えた。待機していた亀甲車がすかさずのろのろと進み、前方にある破壊槌で割れ目を突く。何回か繰り返すうちに、僅かばかりの突入口が出来た。
「行くぞ!」
マエミチ達が飛び出した。
「置いてゆくな!」
ウァレアが、バエラを投げ出して、放り出してと言う方が正確だったかもしれない、彼らを追った。
「馬鹿~!私を棄てて行くな~。この馬鹿低級神女!」
自分ながら情けないと思いつつも声に出てしまった。その時、目の前に差し伸べられた手が見えた。
「女神様、お手を。主から、くれぐれも女神様のことは頼む、と言いつかっておりますから。」
顔を上げると、ソクラテスの顔があった。“本当かしら?”と思いつつも、彼の手を握るしかなかった。
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