七日目
第1話 森
東京都には次元と違って、森というものが存在していた。
オートの知識にある東京という場所は、森なんて無いような気がしたが、どうでも良いので深呼吸をした。
肺に一杯に吸い込んだ空気から、ソサリウムを取り込む。そしてオートは、左の手首を握って響きを探す。親指の腹が拍動を捉え、流れの強弱を教えてくれる。
一秒の規則正しい流れを自分の頭に刻み込み、深く息を吸い込んで止める。オートは親指に神経を集中する。
いつもなら約三秒くらいから鼓動が早くなるが、今日は最初から血の巡りが良い。取り込んだソサリウムが、すぐに魔力に変化している。次元との違いは、こういう場所でハッキリと現れるのだ。
試しに指先に炎を灯してみると、手首に伝わる拍動に勢いが増したように思えた。身体の血の巡りが速くて、意識が飛んでしまいそうになる。少年はすぐさま火を消して、大きく深呼吸をした。
ソサリウムは豊富にあるが、魔力を使うと息切れする。森という場所は、オートにとって謎の多い空間だった。
せめてもの救いは、魔獣が出ないという点だけ。敵が出ないのだから、魔法を使う必要なんて無いが。ただでさえ行動を制限されている状態で、更に枷があるのは少年にとって歯がゆいだけだった。
「……⁉」
草木の揺れる音が耳に入り、即座にオートは振り向いた。敵襲のような感覚で身構えるが、そこに居たのは二人の少女だった。
「……なにやってんの?」
三つ編みの女の子、つむぎが無表情で淡泊な声をオートに向ける。
「森林浴……?」
「森林浴って……」
髪を真横に結った少女、聖が呆れた声を出した。平たい胸には一二三が抱きかかえられており、傍から見ればヌイグルミのようにしか見えなかった。
「……ソサリウムでも集めてた?」
つむぎの推測は、ものの見事に図星だった。妙に疑りを掛けられたくないオートは、話題を変えることにした。
「それより……一二三は大丈夫だったか?」
「このクラゲちゃんのこと? 大人しくて良い子ね」
聖が一二三を撫でながら、ご機嫌そうな声をあげた。思い返してみれば、オートは誰にも相棒の名前を紹介してなかった気がした。
「……むしろクラゲが居ると、聖が大人しくて良い子になる」
「なんか言った?」と聖が睨みを利かせたが、つむぎは我関せずといった表情だった。
こうして見ると、両者とも普通の女の子のようにしか見えないオートが居た。しかし次元に行けば魔法少女になり、自らより遥かに大きい魔獣と対峙する。
「お前らは……魔獣じゃなくて、普通の人間なんだよな?」
ふと思いついた疑問を少年は口にした。聖は目を丸くして、つむぎは無表情のままだった。
「そうだけど、それが?」
一二三を撫でながら、平然とした口調で聖が言った。どう言ったものか、オートは頭の中で言葉を選んでいた。
「……別にわたし達は、貴方を浄化する気なんて無い」
聖が淡々と言ったが、少年には浄化という単語の意味が分からなかった。恐らく、倒すという意味を持つ言葉だろう。そう見做したオートは、首を左右に振る。
「そうじゃない。お前らは、俺らみたく傷は再生するのか?」
少年は損傷を受けても時間経過で回復する。
前にノイリは致命的なものでない限り、上級の魔獣は治癒能力を持つといった。それが相手の攻撃を恐れずに、立ち向かえる最大の理由だ。
しかし昨日の魔法少女達の戦いを見ていると、まるで恐怖なんて感じていないようだった。
もしかしたら彼女たちも、似たような能力を持っているのかもしれない。オートの問いに聖が口をへの字にした。
「おあいにくさま。私たちは……」
何か言いかけた少女を阻むように、つむぎが待ったとばかりに手を伸ばした。意図が伝わったのか、聖は口を噤んだ。
「……何か、探ろうとしてる?」
そう捉えられても、おかしくはないか。何気ない問いかけに疑惑の目を向けられた少年は、これ以上口を開く気にはなれなかった。
つむぎの言葉を無視して、オートは沈黙のまま森を後にした。なんとなく居心地の悪さを感じたが、それは自分のせいじゃないと少年は思っていたのだった。
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