第12話 発破


 痺れた腕と、擦りむいて血まみれの膝。何とか立ち上がった少年は、開く右目で六芒星を探した。


 おぼろげな視界の先には、刀で切りかかるハクトの姿があった。痛みと怒りと惨めさで冷静を失いそうになったオートは、大きく息を吸い込んだ。


 今は大気中のソサリウムが必要と考えての行動だったが、結果として少年は落ち着きを取り戻した。


 右腕の肩から先が動かない、という事態にオートは歯を食いしばった。


 地面に叩きつけられた際、落ちた箇所が右肩だった。脱臼しているのは間違いないが、放っておけば治るだろう。少年は再び、六芒星の魔獣へと視線を移す。


 すぐにオートは、自分が何に頭を打ち付けたのか理解した。


 ハクトが刀で切りかかった際、それを受け流すかのように六芒星は回転している。


 風車のように身体を廻し、斬撃を見事に避けていた。俺はなんてアホなんだ、と少年は舌打ちした。


 狙った腕に衝撃を与えた際、魔獣は身体を回転させた。その勢いのままオートは、真上の腕に頭を打ち付けただけ。


 見物している紺色の嘲笑が頭を過ぎり、少年は再び息を吸い込んで止めた。


 こいつには打撃なんてものは、一切通用しないんだな。意を決した少年は、ありったけの魔力を腕に集めるように意識した。


 身体中のソサリウムは、次の一撃で全て使い切る。オートは静かに憤怒していた。


 我を失いそうな程の怒りは、時として逆に冷静さを運んでくれる場合もある。それが今の彼だった。


 一から数えてから、六の辺りで駆けだした。


 視線の先には回転する魔獣と、刀を振るうハクトの姿。


 攻撃を仕掛ける機会は、斬撃を放つその辺り。白桃色の髪が翻ったその時、少年は渾身の力で地面を蹴飛ばした。


 空中で指を弾いたオートの先には、ハクトの攻撃を回転で避ける魔獣の姿があった。


 腕が駄目なら、他の部分だ。少年の中指から五メートル先には、六芒星の胴体があった。


 白桃色の髪から少し上を掠めて、六芒星の腹に大きな爆発が起こった。


 着地したハクトの先には、勢いよく吹き飛ばされる魔獣の姿があった。しかしオートの怒りは、これだけでは収まらなかった。


 魔力治癒が完了した両目を見開き、オートは全力で駆けだした。


 爆風の推進力に負けない程の速さを出した少年は、あっという間に六芒星に追い付いた。外れていた筈の右手に炎を灯し、魔獣の胴体に拳を入れる。


「破ぜべ!」


 謎の掛け声と同時に、打ち込んだ指を全て開いた。


 駆けだしてから拳骨までの時間、ちょうど十秒。オートの手の平から巻き起こる発破は、六芒星の魔獣を引き裂くように粉砕した。


 魔獣の破片は雨のように地面へと降り注ぎ、やがて姿は粉塵となって消える。オートは粉々になった端くれを浴びながら、そこに立ち尽くしていたのだった。


「だ……大丈夫?」


 心配そうなハクトの声に、少年は黙って頷いた。


 オート本人も、僅かに違和感は覚えていた。ありたっけの魔力を爆発に込めた筈なのに、自分が立っているのが不思議で仕方なかった。


 ここで魔獣が消えたことにより、大量のソサリウムを得ていたお陰であった。だが、この時の彼には知る由も無かったのである。


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