第9話 入浴


 捕虜として、一二三はピンク色の少女に掴まってしまった。


 ピンクの魔法少女は、聖という名前の子だという。


 次元内で一緒に行動していたせいなのか、聖は一二三をいたく気に入った様子で。この子の面倒は私が見る、と自ら監視役を志願したせいもあった。一二三自身も満更でもない感じだったから、猶更オートはやさぐれる。


「……聖は少し変わったものを気に入る」


 つむぎの言葉を無視した聖は、オレンジ色の服の少女と一緒に一二三を連れて帰ってしまった。余りにも事態が目まぐるしく流れるため、全くついていけない少年が居た。


 俺は何で、此処にいるのだろう。何もしていないにも関わらず、勝手に物事が進むさまにオートは辟易とせざるを得なかった。


 ここから先は、魔法少女と別行動。そうハクトは言ったが、三つ編み少女のつむぎが残っているのがオートは意味不明だった。


 いつの間にか紺色の男は姿を消しているし、これから何処に向かっているのかも分からない。電柱伝いに夜を結ぶ二つの人影は、闇に溶け込むように行動していた。


 前向きに捉えれば、紺色の男が居ないのは、少年にとって都合が良かった。


 オートは紺色が気に喰わないどころか、殺意を覚えるくらいだった。これからも彼らと共に行動しないといけないのならば、いつか攻撃してしまうのではないかと少年は感じる。


 炎は効かないだろうが、殴打くらいなら通りそう。不慮の事故というものは、どの現場にも訪れるものだ。常闇の中、少年は薄ら笑いを浮かべた。


 つむぎを背負ったまま、何故か大きく一回転したハクトは、電気の消えたビルの上へと着地した。それに続くように、オートも並んで足を着ける。


 そのまま裏の駐車場へと降り立つと、ハクトが背中から少女を下ろしていた。


 付いて来るように促され、そのままビルへと案内される。つむぎがカードキーで正面入り口を開け、二人を中へと招き入れる。階段を上がすと、二階の一番奥の部屋へと通された。


 中に入るなり、着替えとタオルを渡されたから、オートは疑問を浮かべた。


 ハクトに背中を押されて、案内されたのは風呂場だった。訳も分からないまま服を脱がされ、頭を身体を洗わされて、湯船へと浸かる羽目になった。


 二人で肩を並べて入浴出来る程、割と広めの風呂桶だった。ここで少年は改めてハクトの性別が分かったが、今となっては心からどうでも良いことだった。


 生まれて初めての入浴かもしれないオートは、適温の湯の気持ちよさに身体の力が抜けていくのを感じた。彼にとっての人間らしい生活は肌に合いすぎて、自分が魔獣である事実を忘れてしまえる程だった。


「ほんとに……次元に戻れなくなりそうだ」


「逆に何で次元に戻りたいの?」


 ハクトの問いかけを耳にして、オートは口に出てしまっていたのに気が付いた。素朴な問いを無視するのも野暮だと思った少年は、答えてもいいような気分になった。


「俺は……魔獣だから」


 オートの言葉に少し考えるような仕草をしてから、ハクトは小さく口を開いた。


「ねぇ……君から見て、僕も魔物に見える?」


「人間にしか見えないが……」


 その問いかけに何か意図があるような気もしたが、とりあえずオートは思った通りの感想を述べた。ハクトは満面の笑みを少年に向けた。


「僕もオートくんは人間にしか見えないな」


「……見た目はな」


「やっぱり……君も魔物にされたんだよね?」


 オートは首を左右に振った。以前にノイリが、元々人間だったとか言っていたような気がした。


 しかし少年には、次元に来る前の記憶なんてものはない。ならば人だったという証拠なんて、何処にも有りはしないのだ。


「最初から魔獣だったかもしれんぞ……」


「それは無いね」


 少年の台詞を一刀両断するように、ハクトはハッキリと述べた。


「何故なら、魔法少女の皆は人間だった時の僕たちを知っているんだ」


 ハクトはニッコリと微笑んで、オートに手の平を向ける。


「……勿論、君のことも」


「ど……どういうことだ?」


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