第7話 失敗


「中央も来たのね……」


 髪を片方だけ結った女の子が、物珍し気な目をオートの方へ向けた。彼女のピンク色と隣のオレンジ色の服装を見て、昨日の魔法少女だと少年は感づいた。


「中に人は?」


 ハクトの問いに、オレンジ色の服の方が肩をすくめた。この時オートは、彼の質問の意味を理解していなかった。


「……じゃあ、ハクトがケツな」


 そう呟いてから、紺色が木に向けて腕を伸ばした。


 伸ばした手首の先が、まるで樹皮に埋まっているようにしか見えなかった。オートが目を凝らした瞬間、紺色の男は吸い込まれるように木の中へと姿を消してしまった。


「なっ、なんだ。これ⁉」


 次はオレンジ、続いてピンクの服、最後に三つ編み。オートの驚愕を無視するかのように、少女達は次々と樹の中へと姿を消していく。


 今度は君の番だとハクトに言われ、少年は恐る恐る手を伸ばしてみる。まるで水面に入ったかのように、手首から先が樹皮へと吸い込まれた。


 痛みも痒みも無ければ、違和感すら無いのが違和感でしかない。そのまま吸い込まれるように、オートは一二三ごと樹木の中へと入りこんだ。


 その瞬間だった。ありとあらゆる景色が、見覚えのあるものへと変化した。


 石が見え、岩が見え、果てに広がる地平線も目に入った。空は雲一つ無いのに灰色で、太陽は出てないのに周りは良く見える。木も草も無ければ、生き物なんか居そうに無い場所。


 オートの記憶がおかしくなければ、ここは今まで居た次元という世界だ。


 紺色の近くに佇む女の子三人は、髪の色が変化していて、同じ色の派手なドレスを身に纏っていた。各自の身長より少し短いくらいの杖には、派手な装飾があしらわれていた。


 オートの推測通り、魔法少女は次元に居る時でないと変身出来ないようだった。


 これを好機を見做したオートは、一二三を強く抱きしめ直すと、渾身の力で地面を蹴飛ばした。


 これを逃せば、いつ次元に戻れるかなんて分からない。三十六計逃げるに如かず、脱兎の如く駆け出した少年だった。その筈なのに、いつの間にか何かに前額部を打ち付けていた。


 勢いをつけすぎたせいで、頭だけでなく、尻まで地面に強く打ち付けたオート。


 上下の痛みをこらえながら顔を上げる。すると彼の視線の先には、魔法陣のような物体が浮かんでいた。


「なっ、なんだこれ⁉」


 謎の文字が刻印された透明の円が、グレーの背景に固定されたように存在している。オートの身体くらいの大きさがあり、まるで壁のような威圧感があった。


 これに衝突したのは間違いないが、こんなものは先程まで存在していなかった筈。少年は自分の記憶を疑いそうになる。


「……わたしの魔法」


 声の方に目を向けると、水色の魔法少女が派手な杖を少年に突きつけていた。


 オートが逃げるという行動に出るのは、彼らには完全に読まれていた。だからこそ、魔法少女達を先に次元に入れたようだ。


 ならば、別の方向へと逃げればいいだけ。という往生際の悪い考えを、彼は頭に浮かべた。


 立ち上がった少年は、いつの間にか両手が空いていたのに気が付いた。抱いていた筈の、一二三の姿が消えている。どこだと周囲を見回すと、ピンクの魔法少女が抱えているのに気が付いた。


「……逃げようなんて考えるなよ」


 一二三を人質ならぬ魔獣質にさせないよう、ずっと警戒していた少年だったが、ここに来ての失態に愕然とした。


 いっそのこと見捨てようかも考えたが、その目論見は一瞬にして瓦解した。一二三を抱いているピンクの魔法少女を、ノイリと重ねてしまったせいだった。


 オートは足を動かせなかった。ここで逃げたら、彼女に大目玉を喰らう羽目になる。それが原因で一二三が始末されれば、二度とノイリに顔向けなんて出来やしないのだ。


「くそったれ……」


 その言葉に紺色の男が嘲笑を向けたのを見て、オートは殴りたい程の怒りがこみあげた。いつかほえ面をかかせてやる、と少年は強く心に誓ったのだった。


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