六日目

第1話 東京


 光の中、目を覚ました少年は、暫くそのまま呆けていた。


 硝子の無い窓の向こうから、西日が部屋を照らしていた。オートは何も敷いていないフローリングの上で、毛布も掛けずに横になっている。


 起き抜けだからかもしれない、何も思考が働いていない様子だった。虚ろな瞳で天井だけを見つめていたが、焦点がそこに定まっているかは定かでは無かった。


 気温は三十度を上回るというのに、オートは汗一つかいていなかった。まるで野ざらしにされた壊れた機械のように、ピクリとも動かずに横になっていた。


 やがて意識が覚醒したのか、少年の脳に思考というものが生まれる。最初に出てきた言葉は、ここは何処だというものだった。声には出さず、心の中で呟いた。


 少年は今、自分の居る場所に心当たりが無かったのだ。切れかかったゼンマイ仕掛けのように、ゆっくりと上半身を起こす。辺りを見回してみて、何処かの室内だというのには気が付いた。


 上手く働かない頭を使って、何で己が此処に居るのかを考えてみる。しかし、駄目だった。どうしても何も思い出せない自分が居たもんだから、少年は両手で頭を抱えた。


 頭上に柔らかい何かが触れた感触を覚えたから、オートは顔を上げてみる。


 キノコではなくクラゲを模した魔獣が、触手を自分の頭に数本置いていたのを理解した。その姿を見た瞬間、彼は一二三という名前が頭に浮かんだ。


 それを切っ掛けにして、走馬灯のように少年に倒れる前までの記憶が蘇る。


 大きなクジラのような魔獣に吹き飛ばされ、変な五人組と出会った。すると次元は氷のように溶けだして、東京都とかいう謎の場所へと姿を変えた。


 オートは痛くなり始めた頭で、改めて東京都という単語を繰り返す。


 自分の認識が正しいものであれば、地球の日本という国の首都。仮に此処がそうであるならば、次元は人間の世界にあったという話になる。


 いいや、違う。オートは自分で浮かべた考えを否定するように、首を大きく左右に振った。


 次元について、いつだかノイリの言った台詞を少年は思い出す。


 魔法の国と魔獣の国と、人間の世界を結ぶ通路のようなものという説明だった。そもそも次元が地球にあるのならば、うろ穴という謎の円が出来る意味が分からない。


 少年は硝子の無い窓の向こうへ目をやった。そこにはグレーの空は無く、傾いた太陽が存在感を放っていた。


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