第8話 人
右と左と切り分けられた大ダコは、即座に塵となって霧散した。
絶命すると粉々になるのは、何より魔獣である証だった。
なにが何だか分からない少年が唖然となっていると、消えた大ダコの向こうから三つの人影が現れた。
「き……きみは?」
言葉を発したのは、根元がピンクで毛先まで白い髪の少女だった。
ボロボロのシャツを着ていて、まるで遭難者のようだった。少年は自分の年齢を知らないが、同じ歳くらいだろうと判断した。
「……人間だよね?」
続いて口を開いたのは、水色の三つ編みの女の子だった。同じ色のドレスを身にまとい、同じくらいの丈の派手な杖を持っていた。
「……って、あれ?」
隣の女の子が驚いた顔でこちらを指さしたから、オートも目を丸くした。その子の髪は鮮やかなピンク色で、長い髪を結っていた。
「ノ、ノイリ⁉」
いつの間にドレスなんか着て、髪型も変えたのだろうか。少年は思わず声が裏返った。
「ノイリって誰よ⁉」
ピンク色の女の子が顔をしかめて叫んだ。
あろうことか背も伸びている上に、声変わりもしている。
右目にあった火傷痕も、左目の切り傷も完全に消えていた。頭にあった丸い角も無い。
もしかしたら吹き飛ばされている間、非常に長い年月が経過したのかもしれない。そんなとんでもない理論を立ててしまう程、少年は驚いていたのだ。
様変わりしすぎた彼女を見て、オートは混乱を隠せなかった。
「っていうか、アンタ中央あゆみでしょ! 同じクラスだった!」
「違う、俺はオート! 黄桃のオート! お前が名付けたんだろ!」
オートの台詞にピンク色の女の子は、呆れた顔で口をへの字に曲げた。
確かに吹き飛ばされたのは自分の油断なのは分かっているが、そんな顔をしなくていいじゃないか。少年は変わりすぎたノイリを見て、地団駄を踏みそうになった。
自分が思っている以上に、彼女は腹を立てているのかもしれない。
どう詫びたものか考えようとし、使いづらい頭を捻るオートだった。が、瞬間にして背中に強い殺気を覚える。
矢のように向けられた威圧は、自分より少し後ろに刺さったのに気が付いた。
一歩踏み出したオートは盾になるかの如く、一二三の前に立ちはだかった。
彼の視界に入ってきたのは、拳大ほどの火の玉だった。
一直線に向かってきたものだから、少年は腕を振るうように弾き返す。
炎の魔法を使うオートからすれば、こんな火球など毒にも薬にもならずに屁でも無い。
自分の頭上に陰が出来たものだから、落ちてきた何か交差した腕でを防御。
見上げた少年の目に映ったのは、炎の灯ったカカトだった。
更にオートに襲い掛かったのは、紺色の髪の男だというのが分かった。
魔獣だろうと人間だろうが、自分に降りかかる脅威には容赦なんてしたくなかった。オートはカカトを振り払うと、指を弾いてスイカ大の炎を作り出す。
それを紺色の男に放ってから、失敗したと思った。相手も炎を使う奴ならば、少年と同じく効果が無いと考えたのだ。
「コン!」
背中の向こうで誰かが何かを叫んでいるが、オートはとりあえず気にしなかった。何故かこちらの炎をくぐるように回避した紺色は、少年に向けて燃え盛る拳を向けた。
炎は平気だが、打撃は喰らう筈だ。最低限の後退で回避すると、拳はオートの鼻先をかすめた。
この時少年は既に息を止めていて、頭の中の数字は五に達していた。
少し早いが、手段を選べる相手ではない。そう見做したオートは、紺色に向けてデコピンのように中指を弾いた。
今まで魔獣相手に使っていたから、少年は自分の魔法の威力を知らなかった。
土手腹に爆発を起こされた紺色の男は、車に跳ね飛ばされたかのように見事に吹き飛んだ。
放物線を描いて地面に衝突するかのところで、いつの間にか居たオレンジ色の髪の少女が受け止めた。
「ノイリ、こりゃ一体……」
文字通り降りかかる火の粉を振り払い、安堵したオートはノイリの方へと顔を向けた。どういうことになっているかを、改めて彼女に聞きたかったのだ。
しかし、ピンク色の少女は唖然とした顔をしていた。目が合うなり怯えた表情になったのを見て、少年はここで初めて彼女がノイリではない可能性を導き出した。
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