第6話 失


「ちぇすとぉぉおお!」


 謎の奇声と共に、クジラの額に両足を叩きこんだのはノイリだった。


 相手は怯んだように身体を曲げて、オートの目の前にあった大口は、明後日の方へと向けられた。


「回復される前に叩いて!」


 遥か向こうに飛んでいた少年の意識が、ノイリの台詞で弾かれるように戻ってきた。


 思い切り地面を蹴飛ばしたオートは、空中で漂うキノコの姿が視界に入った。


 よく見るとクラゲの一二三だった。鞭のような触手を振るい、クジラに電撃を落としていた。


 このとき少年は改めて、ちゃんと仲間に加わってくれたのだと実感した。もしかしたら先の轟音も、一二三の攻撃のものだったのかもしれない。


 このまま二人だけを動かせるわけにもいかない。意を決した少年は、改めて足元の大物へと目を向ける。


 ピンク髪の少女が、手足を使って大クジラをひたすら叩いていた。


 魔力不足が故の肉弾戦だ。オートはノイリが一か所だけを執拗に狙っているように思えた。


 先ほど彼女が蹴りを入れた額の部分だった。


 目と目の間だが、どちらかというと頭頂部に近い箇所。そこが膨らんで見えるのは、ノイリがコブを作ったせいでは無さそうだった。


 どういうものかは少年には判断出来なかったが、あそこが弱点というのは理解した。オートは息を止めて、心の中で計数を始める。


 ひぃ、ふぅ、みぃ。少年の眼下で動き回るノイリは、まるで像の周りを飛ぶ蝶のようだった。最初の一打を除くと、クジラに全く傷を負わせていないように見えた。


 慣性でオートは落下を始めた。頭の中では、既に五秒が経過していた。


 ノイリに衝突しないように、彼女から目を離さなかった。


 少年は息を吸い込むと同時に、思い切り指を弾いた。


 爆風がクジラの眉間に襲い掛かった。その巨体を大きく揺らしたが、ノイリは既に宙を飛んでいた。


 そのまま蹴りか何かで、追撃をしようとしたのだろう。相手に対して効果を発揮したと認識したオートは、クジラの眉間へと足を伸ばして落ちていく。


「まずい!」


 ノイリがそう叫んだ頃には手遅れだった。


 彼女の台詞と同時に、クジラの眉間から何かが盛大に噴出した。空中で姿勢制御なんて出来ないオートは、真正面から直撃を喰らってしまう。


 正体は水飛沫だった。クジラの潮吹きというものが、少年の身体を引っ張り上げた。


 重力なんてもろともせずに、打ち上げられてしまったオートは、背中から一二三と衝突。


 クラゲを背負うような形で、少年はグレーの空に吸い込まれていってしまった。


「オートぉぉぉ!」


 地平線の向こうから、ノイリの悲痛な叫びが木霊した。


 まるで濁流に呑まれる落ち葉のように、少年の勢いは留まることを知らなかった。


 新幹線に張りつけられたかのような感覚で、ひたすら流れる景色しか彼の視界には入らなかった。


 飛んでしまいそうな意識を保つため、少年は必死に歯を食いしばった。


 やがて勢いは無くなって、オートへ地面へと叩き落とされるだろう。


 どこまでも続く次元という荒野の先へと、少年は消えていった。


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