第4話 空


 この日も魔獣を探し歩く。いつものようにノイリの感覚を頼りに、少年は後ろに着いていく。


 いつもと違うのは、クラゲの魔獣の存在だ。落ち着かない性格なのかもしれない、八の字を描くように二人を間をクルクルと漂っていた。


 好戦的な個体は全てオートが排除したものの、好奇心の強いものが混ざっていたのかもしれない。まるで子供を引率しているような気分だったから、少年は可笑し気な心持になった。


 それにしても魔獣という生き物は、よく分からない。自分も魔獣だというのを棚に上げ、少年はそんな考えを持ってしまう。


 決まったように毎日現れては、判を押したように襲い掛かってくる。まるで日課のように習慣づいている日々に、オートは少しの疑問を浮かべた。


 この世には魔法の国と魔獣の国というものがあり、どちらも人間の世界への立ち入りは禁止という掟がある。


 最近になってそれを破るものが現れ、人間の世界に魔獣を送りこむ輩が出てきた。このまま放っておけば、魔獣の国が魔法の国と対立する火種と成りかねない。


 そこで幹部の一人であるノイリが、視察に送りこまれた。戦えなくなった彼女が魔力を取り戻す間、代わりとしてオートが魔獣を始末している。


 自分はノイリの手足として働き、彼女にソサリウムを取り込ませる役目だ。そこまで考えた所で、オートは脳が焼き切れそうになった。物事を深く考えてしまっていたのを、自分自身でも気づかなかったのだ。


 あまり脳味噌を使わないように心がけているにも関わらず、思考をしてしまったのは無意識によるものだった。


 どうしたって考えないといけない場面に遭遇する度、頭を使って対処をする必要が生じてくる。


 いつの間にか少年は、苦手分野を克服しつつあった。成長というものは、本人の知らないところで得ているものかもしれない。


「……げっ」


 くぐもった声に少年が驚いたのは、今まで彼女があまり出さなかった種類の音だったせいだ。


 ノイリはグレーの空に、眉を細めた顔を向けた。あまり見たくも無い彼女の表情を目にしたから、オートに背中に嫌な予感が走った。


「今日は……あたしも戦うね」


 どう考えても、今日の相手はいつもと違う。ノイリの台詞と、向けられた満面の笑みが、そう物語っていた。


 何か言おうと口を開いたが、少年は言葉が何一つ出てこなかった。


 自由に漂っていた一二三が、気づけば二人の傍らに居た。現時点で何も感じていないのは、少年一人だけだった。


 彼女はグレーの空から瞳を逸らさなかったので、オートも同じものを目に入れていた。足を一歩も動かさなかったし、羽根もしまったままだった。


 額の汗が頬に流れたのを見て、ノイリの緊張が少年まで伝わった。


 絵具を塗りたくったような、無機質な空に一本の線が入った。一筆書きのようにも見えるし、切込みのようにも感じられる。


 そして一本線が広がるように、虹色の空間がグレーの中へと出来上がった。


 前例の無い光景に、少年は目を疑った。ゆっくり降下するように、大きなクジラが虹色の空間から出てきたのだ。


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