第2話 茸


 さて、これは一体何なのだろうか。再び思考で頭が痛くなりそうだった少年は、ノイリが起きたら聞こうと決めて深呼吸をした。


 一杯に吸い込んだ空気から、ソサリウムを取り込む。そしてオートは、左の手首を握って響きを探す。親指の腹が拍動を捉え、流れの強弱を教えてくれる。


 一秒の規則正しい流れを自分の頭に刻み込み、深く息を吸い込んで止める。オートは親指に神経を集中する。


 ひぃ、ふぅ、みぃ。約三秒くらいから、鼓動が早くなるのは昨日と同じ。血の巡りが早ければ、それだけ取り込んだソサリウムが魔力に変わる速度も上がる。


 息を止めている間は、魔力生成の速度も上がる。限界まで息を止めていると、それだけ拍動も大きく揺らぐ。


 十秒の計数後、オートは空いている左手で軽く炎を灯してみる。燐寸程度の魔力を使った筈なのに、出た炎はスイカ並みの大きさだった。


 考えとしては、力を溜めて放出するというものか。血を巡らせて魔力の生成を速めただけならば、少ない消費で大きな魔法を使った訳ではない。


 少年が今やっているのは、飽く迄もソサリウムを魔力にする速度を高める訓練。これから必要なのは、自分の力の底上げかもしれない。


 そこまで考えた所で、何やら視線というものを感じたオートは隣に目を向ける。起床していたノイリが、食い入るように彼を凝視していた。


「お、起きてたのか」


「ん……まあね」


 いつもならば起き抜けで明るい声を掛けてくる筈なのに、今日のノイリは控えめだった。


 身体が優れないのかと思い、オートは体調を気にかけた。起き上がった彼女は、苦笑いで首を左右に振った。


「魔獣が身体悪くするのは、敵からの攻撃だけかな。いまんとこ」


 相手から毒でも食らわない限り、魔獣は体調を崩す要因は無いらしい。物を食べないので、食あたり等も無いという。オートは目を丸くした。


「毒を使う奴が居るのか?」


「そりゃね。オートは火を使うし、この子が雷を使うよおにね」


 ノイリが布団にしていたゼリー状の何かを撫でたから、少年の矛先がそっちに向いた。


 彼女はいま下にある何かを指して、雷を使うと言った。


 ここで初めてオートは、人工物という可能性を見出した。うろ穴から人間世界の雨が降るように、似たような感じで向こうから色々なものが運ばれるのかもしれないと考えた。


「電気のマット?」


「何いきなり言ってんの。アホオート」


 ゼリー状の何かから腰をあげたノイリに促され、オートも地面へと立ち上がる。


 すると、水たまりのように丸く広がっていた何かは、みるみるうちに形を変えだした。水面がせりあがって、丸い形へと姿を変えていくようだった。


 大口を開けて呆ける少年の前に、二メートル程度の透明なキノコが現れた。


 傘のように開いた本体は、ひらひらとカーテンのように揺れていて。柄のような部分は、よく見ると細い触手の集合体だった。


「昨日の……キノコ⁉」


「だーかーら! クラゲだっての!」


 ノイリの呆れ顔を見て、オートは昨日の戦い直後を思い出す。生きのこった子クラゲの集合体が居て、満身創痍の少年は後処理を放棄したのだった。


 しかし、どういう訳なのだろうか。クラゲは今あたかも仲間かのように、自分達に寄り添っている。


 オートは不思議で仕方なかった。もともと敵対していた筈の魔獣が、寝返ったように見えて仕方ない。彼の問いにノイリが苦笑いを浮かべた。


「だから、そおいうことなんでしょう?」


 この魔獣に戦いの意思は既に無く、それどころか意識を失ったオートの為に自ら寝床になって、協力の姿勢になっている。


 低級魔獣だから言葉を発することは無理でも、立ち振る舞いで相手の意思は伝わっている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る