第6話 二十
問題が一つあるのならば、どれだけ我慢が必要になるか。そこまで考えて、オートは首を左右に振った。
考えても仕方ない、考えるのなんて大の苦手だ。とにかく、やってみるしかない。腹を括った少年は、大きく深呼吸をした。空気中のソサリウムを全て取り込むくらいの勢いだった。
息を止めた少年は、今度は耳に意識を集中させた。
無風な所為か、感覚を研ぎ澄ませば、電気の音は何よりも先に耳に飛び込んでくる。最小限の動きで、オートは自然と回避する。
ひぃ、ふぅ、みぃ。頭の中で唱える数字に合わすように、彼は一歩ずつ大クラゲに近寄っていく。
十という単語が頭に響いたが、オートは息継ぎをしなかった。
十一からが、苦しかった。まるで死の宣告までの秒読み段階。十五を唱えたところで、少年は助走を始めた。
ひぃ、ふぅ、みぃ。三歩で地面を蹴ったオートが、空中で大きく回転した。対空手段なんて無かろうが、無理を通して道理を引っ込めるのが、彼の戦闘理念なのかもしれない。
総計、二十秒。息継ぎと同時に突き出した右手が、大クラゲの体内へと貫通した。
身体に弾かれると計算した少年からすれば、完全に予想外。しかし、これは嬉しい誤算。僥倖というものだった。
これで相手を、中から散らせたりしないだろうか。オートは手の平を広げるように、全ての指を大クラゲの中で弾いた。
一瞬にして、少年の聴覚が消し飛んだ。
彼の視界には爆風に散らばる大クラゲの姿があって、頭には一定の音だけが延々と鳴り響いていた。意識が飛びそうになったから、オートは唇を噛みしめる。
寸での所で我に返ると、四散した魔獣の破片と一緒に落ち行く自分が居た。このままだと頭を地面に打ち付けてしまうが、少年は身体に力が入らなかった。
オートが食いしばった唇からは、真っ赤な血が流れていた。落下の体勢が悪いにも関わらず、重力が踏ん張りを赦してくれなかった。
絶体絶命。こうなってしまえば、良い当たりどころで地面に打てれば。そう願う他が無かった少年の腹に、大きな衝撃が走った。
吐きそうなくらい腹に痛みを覚えたが、オートには戻すものが何も入っていなかった。
地面に叩きつけられた割には、思った以上の重みは無いのに気が付いた。おまけに浮遊感というものを覚えた少年が瞳を開くと、大きな翼が視界に入った。
ノイリの羽根だった。地面衝突寸前で、彼女はオートを受け止めていた。少年の体躯からして抱き上げるのは無理だったのだろう、荷物を運ぶかのように肩に担がれていた。
「……の、のいり?」
「まぁ……こんくらいは余裕ですから」
そう言った彼女の声は、割と余裕が無さそうなものだった。
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