第3話 分身


 今回の相手は空に浮いているものだから、厄介な存在だとオートは感じた。


 彼には対空手段というものが無かった。目標は信号機くらいの高さに居るので、少年の炎は届かない。空なんて飛べる訳がないから、跳躍をする他ない。


 一抹の不安を抱えながらも、オートは改めて大キノコへと対峙する。


 向こうから仕掛けてくるのを待つか、先制攻撃を放つかで躊躇した。彼が今そう考えたのは、完全に無意識によるものだった。これまでの戦闘において、先に手を出して素晴らしい未来が見えた試しが無かった。


 頭を使うのを苦手としている少年だが、経験則における作戦の立案が、いつの間にか出来るようになっていた。


 ノイリという指南役は居るものの、そこまで大きく彼女を頼るような真似はしない。どちらかと言えば、これはオートの性格におけるものだった。


 少年は今まで彼女に助けられた場面が何度もあるせいか、出来うる限りは頼らないでいられるような戦い方を望んでいた。


 ふわふわと無風に漂う大キノコは、ゆっくりと二人の方へと近づいてきている。


 とにかく動きが遅かった。高度を下げる所作も無ければ、こちらに何かを仕掛けてくる様子も無かった。


 思っていた以上に喉かな雰囲気に、少年は困った表情をノイリの方へと向ける。


 彼女は笑顔で親指を立てたが、それが何を意味するのかオートには全く分からなかった。


「ちょっと仕掛けてみなよ」


 何とも言えないような彼の顔を見て、ノイリが先制攻撃を提案した。


 まだ何もしていない相手に向けて抵抗はあったものの、確かにこのままでは埒が明かない。地面を蹴ったオートは大キノコの真正面へと飛び上がり、リンゴ程度の火球を放った。


 放物線を描いて飛んでいった火球は、大キノコの身体に当たって弾かれた。


 寒天を突いたようにポヨンと揺れたものの、相手には全く効果が無いようだった。オートは黙って着地した。


 その瞬間だった。


 大キノコの傘から、幾多の丸い物が弾け飛ぶように降り注いだ。


 瞬時にしてオートとノイリは、散開するように相手から距離を取る。


 雪のように宙から降り注ぐ丸い何かは、二人の想像以上のものだった。


 その正体は、スイカ程の大きさのあるキノコだった。


 親キノコと子キノコと言っていいのだろうか、姿形は大きい方と全く同じものだった。


 落下傘のように宙を漂う子キノコは、殆どがオートの方へと向かっていった。


「あぶない!」


 ノイリの叫びと同時だったから、少年は対応が出来なかった。


 彼に近づいていた無数の子キノコが、オートに向けて一斉に攻撃を放った。


 一瞬にして身体中に痛みが駆け巡った少年は、頭の中と視界が真っ白になった。


 膝をついてからオートは、自分が攻撃を受けたという認識を持った。


 ぼやけた視界が徐々に回復していく中、濁った音が彼の脳裏に響いた。それをノイリの声だと疑わなかった少年は、後方へと地面を転がった。


 顔を上げると、今しがた自分の居た場所に、大量の小キノコが電撃を浴びせているのが目に入る。ここで初めて少年は、自分が食らったであろうものを把握した。


「キ、キノコが……電気⁉」


 先の戦いでザリガニが光弾を放ったように、今回の相手は魔力を電撃に変えるものだった。


 まさかキノコが、そんな代物を扱えるなんて、少年は思ってもいなかった。ザリガニが光弾を出さないように、普通のキノコが電撃なんて繰り出しはしないのだ。


「あれはクラゲよ、アホオート!」


 ノイリに言われて、少年はようやく気が付いた。この魔獣はキノコではなく、クラゲを模したものだったのだ。


 そもそもキノコは電撃はおろか、自ら動いたりする生物ではない。結局、彼女の指南を受ける羽目になったものだから、オートは自嘲せざるを得なかった。


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