第5話 竜
ノイリの正体は、竜の魔獣だった。
思い出したようにオートが問うと、彼女は満面の笑みで己の素性を明かした。
別に隠していた訳じゃないが、自慢になるから言わなかったらしい。それが何の自慢になるのか、少年は全く分からなかった。
魔獣には上級と下級の二つの階級があって、保有魔力や強さによって分類される。
一番の違いは、再生能力だという。受けた攻撃が致命的なものでない限り、魔力を使って回復が出来るのが上級魔獣。
傷の深さや欠損度合いで、時間や魔力の消費量が変動するものの、治せない傷は皆無としても過言じゃない。
そう言ったノイリの右目には切り傷があり、左目には火傷の痕跡が残っていた。
オートの指摘に彼女が笑顔で答えたのは、きっと少年に無駄な心配をさせたくなかったのだろう。
却ってそれが、オートの顔を渋くさせる要因となった。
「消そおと思えば消せるのよ。けれどね、忘れそおで」
自分の顔に傷を作った相手を忘れないために、彼女は敢えて残しているらしい。これは同情していいのか、悲しんでいいのか、オートには全く分からなかった。
でも願わくばノイリには二度と、こんな目に遭って欲しくない。ただ、そう思うことしか少年には出来なかった。
「だから、オートもジョーキューよ」
彼女の言葉に少年は目を丸くした。
昨日、大ワニにつけられた傷が治ったのは、上級魔獣の特徴である魔力治癒による賜物だという。思い返してみれば、オートにも心当たりがあった。
カエルにしろ、ワニにしろ、ザリガニにしろ。彼に浴びせられた攻撃によって出来た傷が、すぐに塞がるなんて場面は無かった。
魔獣になったのが、何時からなのかは分からない。だが最初から強い力を得られるなんて、反則のように少年は思った。
「なんにせよ、ソシツがあったってことかな」
ノイリは笑顔で言ったが、果たして手放しで喜べるようなものだろうか。オートは少し悩んだが、現時点で力があるのは何一つ悪い話ではない。
考えても仕方ないので、少年は気にしないことにした。
次にオートは、人間だった時の記憶が無い話をした。
地面を見ても地面という単語が出てくるように、相応の知識は持っている。にも関わらず、名前や年齢といった自分に纏わる記憶だけが無いといった。
ノイリは首を左右に振った。
「それは、あたしにも分からない」
まず彼女は、人間が魔獣になった前例が無いと説明した。
例えば犬が猫になるようなもので、人間と魔獣は違う種類の生き物だ。だからノイリ自身も、オートの存在は稀有なものだと認識しているという。
彼女はいま人間のような身なりをしているが、これは僅かな残存魔力の消費を抑えるための姿である。ノイリは本来、大きなドラゴンの姿を模した上級魔獣なのだ。
「人間だった時の記憶って必要?」
その問いに少し考えたオートは、首を左右に振った。
ここが人間界だったり、あるいは他に人間が居るならば話は別だが、接する相手は人間でない。
既にもう少年は、それが不自由には思いやしなかった。思い出せるなら越したことはないが、それが今の自分に大切かどうかなんて知る由もなくなっていた。
おかしなものだ、とオートは思った。
ノイリと出会う前の自分ならば、記憶が無い事実を悲観していいもの。なのに、それに関して何も感じなくなったのは、魔獣になったせいなのか。
人間味が薄れてしまっていたとしても、それが何の関係があるのかと思ってしまう。
林檎を齧るような感覚で、他の魔獣を平気で殺す。何かがおかしい筈なのに、それが何かも分からない。
やはり、考えるのは苦手だ。
頭が痛くなりそうだったから、これ以上オートは何も考えないようにした。灰燼と帰してしまったものを、元に戻す術など無いのだから。
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