第4話 岩


 これを使おうと思った時、少年は自分の力を疑いもしなかった。


 軽い動きで一軒家程度の高さの岩を乗り越えると、オートは再び後ずさる。


 十数メートル程度の辺りで駆けだした少年は、渾身の力を両足に込めて目標に飛び蹴りを叩きこんだ。


 ノイリは驚きの余り、空中で姿勢を崩しそうになった。


 オートの蹴飛ばした岩は、決して丸くなかった。四角形かと問われれば、そういう形でもない。


 どちらかというと凹凸が多く、平面が皆無なものだった。だからと言って、飛び蹴り一つで簡単に転がるような代物ではないのは、火を見るより明らかだ。


 しかし、岩は転がっていた。


 少年が蹴飛ばした方角に向かい、真っ直ぐに沼へと、その身を回して進んでいた。


 そのまま大岩は、大きな飛沫を上げて、沼へと飛び込んでいった。そんな彼の行動が、ノイリの琴線のどこかに触れたのだろう。彼女は不敵な笑みを浮かべていた。


 オートは沼へ向かって、一目散に駆けていく。


 半分くらい泥に浸かった岩に、何かが取りすがっているように見えた。少年は敢えて、真正面から向かわなかった。


 しがみついているのが敵で、目視されれば攻撃されるのを理解していたのだ。


 地を蹴ったオートが、大きく飛び上がる。岩を踏み台にして、何者かの頭の上を支配した。


 制空権を獲得した少年は、何かの頭部に向かって幾つもの炎弾を打ち付けた。


 地面を頭に一回転したオートは、沼に向かい合うように対岸へと着地した。


 彼の視界には、岩に張り付いた燃え盛る何かが映っていた。注意深く観察すると、それがザリガニだったのが分かった。海老のように真っ赤で、甲殻と節のある身体と大きなヒゲ。


 一番目立つのは広げた傘くらいある大きなハサミで、左右とも鎖のようなもので身体と繋がっていて。力尽きたであろう今は、釣鐘のように力なくぶら下がっていた。


 少年が視線を逸らさなかった理由は、反撃を警戒しただけではない。


 先ほどの敵の攻撃について、疑問を抱いたせいもあった。沼に潜んでいた際に受けた光の玉は、一体どこから射出していたのだろうか。


「ハサミだね」


 オートの隣に着地したノイリの言葉と共に、大ザリガニの腕の鎖が焼け落ちた。飛沫を立てて沼へと落ちたハサミは、ゆっくりと泥水に沈んでいく。


「キミが炎を手から放つように、アレは光弾をハサミから撃っていたみたい」


 彼女の言葉に、少年は何の感想も抱かなかった。


 苦しい戦いだったが、終わってしまうと呆気無さを感じてしまう。開いた傘程の大ハサミが完全に沼に取り込まれたのを見送ると、オートは正面を向いたままノイリへと話かけた。


「……魔力は回復したか?」


「もちろん!」


 満面の笑みとご機嫌な声で答えたノイリだったが、オートの瞳には燃え盛る炎しか映っていなかった。


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