三日目
第1話 息
オートが目を覚ますと、傍には小さな女の子が寝息を立てていた。
体長は一メートルと少しくらいで、全身には服のように鱗が付いている。特に目立つのは、腰まである長い髪だ。まるで梅酢で染めた大根のような、濃くて明るいピンク色だった。
頭にあるツノは、羊のように弧を描いている。耳のように思えるが、それはそれで尖っているのがちゃんとある。
炎を吐けるという事実を考慮すると、彼女は竜の化身なのかもしれない。昨日、色々と新事実が発覚したせいで、少年はその辺りを気にする余裕は無かったのだ。
起きたら聞いてみようと思い、オートは身体を伸ばした。
空は相変わらずの灰色で、太陽も雲も出ていなかった。この場所も何なのだろうか、と少年は思った。日本でもなければ、前に言われた魔獣の国とも違うような気がした。
昨日あれだけ色々聞いたにも関わらず、まだオートには分からないことだらけだった。
まず目覚めたら深呼吸するように言われたので、オートは大きく息を吸い込んだ。
炎が出せるのなら、魔力を持っている。そう判断したノイリが、力の制御方法をイチから教える為の第一歩だ。
人間界と濃度は違えど、ソサリウムというものは大気中に含まれている。そう捉えてしまえば、単純な話だ。肺に空気を入れれば、それだけ身体に魔力を取り込むことが出来る。
普通の人間と違って魔獣となった彼は、ソサリウムを魔力へと変える器官が備わっているのだ。
次に少年は右手首を握って、親指の腹で脈を測った。
普段から気にしている訳ではないが、ドクドクと流れる血が少しばかり熱いような気がした。
ノイリの説明によれば、ソサリウムは血液を流れて魔力へと変わる器官へと運ばれるらしい。
赤血球が肺を通って、酸素を運ぶのと同じ。そう言われたが、オートはそれすらも知識として持ち合わせていなかった。
とにかく今は、少年の魔力の限界値を上げる必要があった。その為には、まずソサリウムと魔力の因果関係の理解が必須だという。
オートは右手首を握りながら、息を吸って吐いてを繰り返す。
身体のソサリウムの増減を把握するために、慣れるまでは脈で確認するしか無かった。温度と鼓動が示す自分の状態を、常に感覚として持ち合わせていれば、不意の魔力切れは有り得ない。
最初の大カエルを倒した後、オートが地面に倒れてしまった理由は、ノイリ曰く魔力切れ。自分の限界も知らずに炎を撃ち続け、容量を超えて戦った結果の自業自得。
彼一人であれば、勝手にいくら倒れようとも問題無いが、今は物知りな仲間が居る。ちゃんと知識を身に着ければ、少なくとも昨日のような失態は犯さない。
いつの間にか少年は、彼女を守るべき対象だと捉えていた。
この場所において、行き詰まっていたオートを導いたのはノイリで。恩人とまでは行かなくとも、似たようなものを無意識に感じ取っていた。
少年にとって彼女は協力者であり、教師であり、戦いを共にする相棒であった。
しばらく深呼吸を続けていたオートは、どこかで血の流れが変化している状態があるような気がした。空気を吸い込む、ピタリと止める。息吹を止めて十秒、少年は真剣な目つきになった。
「おはよう!」
不意の背中からの声に、思わずオートは息を吸ってしまった。
耳に響いていた鼓動が女の子の声にかき消されてしまい、掴みかけていた何かが音を立てて崩れてしまったようだった。
「調子はどう?」
オートの集中を乱したのを知ってか知らずか、ニコニコの満面の笑みでノイリは声をあげた。
「……なんか、分かった気がしたんだが」
お前のせいで分からなくなった、と言わんばかりに少年はノイリに恨めし気な目を向けた。
「魔力の血液循環でしょ。大丈夫、そのうち出来るよおになるから」
何やら専門用語を出されて戸惑った少年だが、ひとまず彼女の言い分に耳を傾けた。自分では気づいていないが、オートがノイリを信頼している証拠だった。
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