第8話 踵落
「ノイリ、逃げろ!」
逃げた所で安全な場所なんて無いだろうし、少年の生命力を取り込んで強化されているかもしれない。
それでも今、この場にいるよりかは安心だろう。懇願するようなオートの叫びを耳にして、ノイリはゆっくりと立ち上がった。
「……ジョーキュー、なめんな。サンシタ!」
何か呪文のような言葉を呟くと、ノイリは口から火炎の渦を噴出した。燃え盛る火の手は真っ直ぐに魔獣へと向かい、オートも一緒に飲み込んだ。
少年には彼女の炎は効かなかった。夕暮れのようなオレンジの視界の中、緩んだ顎にオートは肘鉄を叩きこんだ。
その衝撃に開きかけた口をこじ開け、腹部に刺さった牙を抜く。痛みの熱に堪えながらも、少年は転がるように大ワニの顎から這い出た。
気を失わないよう、歯を食いしばって何とかオートは立ち上がる。
ノイリの放射は終わっていて、目の前には悶える大ワニの姿があった。先ほどはここで目を離したから、追撃の餌食に逢った。今度は、ちゃんと止めを刺す。
渾身の力で地面を蹴飛ばし、少年は空中で一回転。怒りの炎をカカトに宿した彼は、大ワニの脳天を貫いた。
頭を踏みつけるように高く飛び上がったオートは、そのまま魔獣の後方に着地。自分の前で仰向けに倒れた大ワニに、再びカカトを振り落とした。
これが決定打となったようで、黒焦げは形を崩すように姿が粉々になっていく。やがて全てが粉塵と化した頃、ノイリが満足そうな表情になっていた。
「トントンってトコかな?」
少年がキョトンとした顔になったのは、ノイリが何のことを言っているか分からなかったせいだ。
詳しく聞くと、今回の魔力回復量の話だった。
倒れた大ワニから力は得たものの、今回の戦闘での治療と火炎放射の消費で差し引きゼロといった所らしい。最初に大ワニの体当たりで吹き飛ばされたとき、既に治療は始めていたという。
「そっちは?」
ノイリに指さされ、少年は自分の腹を見た。気づけば痛みが消えていて、傷も塞がっていたのに驚いた。これも魔力による修復、という彼女の説明があった。
オートの身体も、ノイリと同じような性質を持っているらしい。ジャージに穴と血がついてしまったが、腹が切れたままよりマシなのだ。
「……それより、良かったのか?」
「なにが?」
オートの問いに、ノイリが小首を傾げた。本当に理解していないようなので、彼は少し言い淀んだ。
「同じ魔獣で殺し合って……」
「アタシみたいな美少女に、あんな真似した奴が悪い」
愉快そうにノイリが言ったから、オートは気にしないことにした。
魔物間の価値観は、人間のそれとは違うのかもしれない。細かいことを考えるのが苦手だった彼は、そういうものだと思うようにしたのだった。
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