第4話 笑顔


 この世には人間の住まう場所とは別に、魔法の国と魔獣の国というものがある。


 どちらも人間の世界への立ち入りは禁止という掟があり、また両者の国でも不可侵条約のようなものを結んでいる。二つの国は互いには干渉せずに、長い間均衡というものを保っていた。


 しかし最近になって、それを破るものが現れた。昔の欧州のように、人間の世界に魔獣を送りこむ輩が出てきたのだ。


 このまま放っておけば、魔獣の国が魔法の国と対立する火種と成りかねない。そこで、まず初めに幹部の一人であるノイリが、視察に送り出されたという。


 説明を聞いた少年は、まず素朴な疑問を口に出した。


「……なんで、人間の世界に魔獣を送りこむ?」


「この世界にはね、色んなトコにソサリウムがあんのよ」


「そ、そさりうむ?」


 ソサリウムとは魔力の根源であり、全ての世界の大気中に含まれるもの。


 魔法の国の住民である魔法人、魔獣の国の住民である魔獣は、それを体内に取り込んで魔力に変化させられる。


 現在の人間は魔力を持たないので、この世界にはソサリウムが溢れかえっている。


 そこまで説明してから、ここが一番肝心だという風に、ノイリは鱗だらけの人差し指を立てた。


「んで、ソサリウムって、生命力って奴から出来るんだよね」


「……せいめいりょく」


「つまり生き物が死んだ瞬間、ものっ凄いソサリウムが出るっつう……ね」


 ノイリの言葉に、昨日の大カエルの姿が少年の脳裏を過ぎった。


 あの化け物を見た瞬間、絶対に倒さないといけないと思った理由はこれだったのだ。無意識下で彼は、自分の身に危険を覚えていたというのだろう。


「あのカエルは……俺を殺そうと?」


「おそらくね……」


 少年の問いに答えた後、彼女は二本目の指を立てる。


「んで、もお一つやっかいなことが起こったの」


 呟くように言ってから、ノイリは自分の両目を交互に指さした。右目の周囲は火傷の痕が残っており、左目にはまっすぐ切り傷が付いていた。


「魔法の国のやつがキョーリョクしてるっぽいんだよね」


 彼女の両目にある痕と傷は、やつらとの戦いでついたものだという。


 魔法の国の住人。通称、魔法人。それらは人間の世界で魔獣と手を組んで、ソサリウムを集めているのだという。ノイリは顔を歪ませた。


「こんな美少女の顔に、ひどくない?」


「……確かに」


 この時、少年は心から同意をする姿勢を見せた。


 女の子に対して刃を向けるなんて、非道にも程があると思ったのだ。にも関わらず、ノイリが嬉しそうな笑みを浮かべた理由が分からなかった。


「そでしょ、そでしょ。そお思うよね⁉」


 笑顔をいうか、どちらかというと緩んだ顔のように思えた。理由が全く分からなかったので、これが魔獣の感性というものだと捉えるようにした少年だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る