第5話 雨
しばらく歩いたが、岩と砂利の荒野は全く変わらなかった。そろそろ喉の渇きも限界だ。そう思ったところに、少年に僥倖というものが訪れた。
空から一筋の雫が肩に落ちてきた気がして、彼は空を仰いでみた。相も変わらず、雲一つ無いのに灰色。にも関わらず、少年の顔に幾つもの水滴が降り注いだ。
「……え、雨?」
おかしいと彼が感じた理由は一つしか無くて、雲というものが存在していないせいだった。
まるで絵具で塗り固められた天井のような空なのに、散水の如く雨が降り注いでいた。それが少年が躊躇した理由だった。雨水でないのならば、飲むと危険なものの可能性を考えた。どう考えたって、これは普通の雨じゃない。
それでも渇求に勝てなかった少年は、口を大きく開いて頭を上げた。
マトモな人間でないのならば、普通じゃない雨を飲んでも問題はないだろう。まるで詭弁か屁理屈そのものだが、それを咎める者は何処にも居なかった。
雨のようなものは、暫くしたら止んでしまった。全身が濡れ鼠になるよりかはマシだ、と少年は考えなおした。後ろ向きになったところで、何も解決策なんて見出せなかったのだ。
根本的な解決にはなっていないが、とりあえず当面の問題は何とかなった。物事を前向きに捉えた少年は、ひとまず周囲の散策を中止した。いくら歩こうにも、周囲の光景に大きく変化が出なかった。故に意味が無いような気がしていたせいだ。
次に彼は、自分の炎がどうなっているのか気になった。発動条件や制限など、知れるものがあれば必要なんじゃないか。そう取ってつけてみたが、只の興味本位だったのは言うまでもない。
拳を突く、手を振り払う。これらの動きで放出されるのは、彼自身も分かっていた。
試しにブイサインで振ってみても、ちゃんと炎は顕現される。手指の動きは全く関係ないのであれば、例えば他の部位から出ないか少年は考えた。
火を出すイメージを頭に浮かべて、彼は右足を振り上げた。腕で払うのと同じように、炎が足の動きに合わせ、弧を描いて出てきた。
少年は地面を蹴飛ばして、膝を高く空へと伸ばす。目の前の岩に向かって、勢いをつけて振り下ろす。
カカトには炎が生み出され、彼より大きな岩は見事に真っ二つに割れた。
今のは炎の力で割れたのか、単純にカカト落としの威力なのか。少年にとっては、どちらでも良くて。再び先程の大カエルが現れた時の対処法を、一つでも多く見つかれば良いだけの話だった。
普通の蹴りでなく、カカトを使ったのには理由があった。大カエルの表面にあるベタベタした液体に対して、なるべく接触箇所を減らす対策として考慮された攻撃だった。
少年は先の戦いにおいて、炎だけだと威力に難があるように感じたようだった。
あるいは剣や斧のように、炎を手持ち武器のような形で出せないか、とも考えた。少年は軽く腕を振って、火を顕現してみる。手に付いた水滴の如く、散って離れてしまう。
身体に炎を留めておくのが難しい、と彼は感じた。ある意味、それも当然のような気もした。火は光と同じで、水のように持てるものではない。仮に燃える武器が出来たとしても、握れなければ意味が無い。
次に少年が考えたのは、この炎は自分にも効果があるのか、というものだった。
靴のカカトに纏わせたとはいえ、彼は熱さを感じなかった。毒のある動物が自分の毒に効果が無いように、これにも同様の可能性を見出した。
試しに彼は左だけ靴を脱いで、自分の素足に炎を撃ち込んだ。
火塊は甲に当たって散っていき、何も損傷というものを与えられなかった。自分の炎は自分に効果はないという結果を見て、都合が良すぎるという感想を持った。
炎を飛ばすか、攻撃の間に身体の何処かに付与させる。数時間の検証の結果、彼が出来ることは二つだと判明した。
息をついた瞬間、少年はその場にへたり込んだ。体中に倦怠感が襲い掛かり、重しをつけられたような気分になった。
少し動き過ぎたせいか、疲れが来たのかもしれない。その場で横になった少年は、気絶するかのように深い眠りに付いた。
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