第3話 焔
「ふざけんな、冗談じゃねえ!」
悪態をつくように少年は叫んだ後、心の中に強い願望を抱いた。燃やし尽くしてしまいてえ。
怒りを露わにした彼は、衝動に拳を突き出した。怒りが具現化したのか、神に届いたのかは自身も分からなかった。
炎の塊が大カエルの腹に直撃し、弾かれるように巨体が二時方向へと傾いた。走りを止められない彼の丁度真横で、大カエルが砂煙を上げて地面へと墜落した。
いま、炎を出したのは自分なのか。足を止めずに少年は、軽く拳を突き出した。
燐寸程度の火の粉が出たもんだから、彼は確信した。理由は何故だか分からないが、自分は魔法が使えるようだ。
地面を蹴った少年は空中で半分回転し、頭を地面へと向ける。
自分の真後ろになった視点で、大カエルの様子を再び確認。無様に横たわる巨体を見て、ざまあと言わんばかりに満面の嘲笑を浮かべた。
そのまま一回転した勢いで彼は着地し、立ち止まって振り返る。横たわっていた筈の大カエルは、既に起き上がっていた。
あれで沈むとか、そんな上手い話は無いよな。心の中で苦笑いした少年は、改めて敵と差し向かう。
先手必勝とばかりに、今度は渾身の力を込めて彼は拳を突き出した。
空振りした甲から炎の塊が放たれ、大カエルの皮膚へと直撃した。
それだけだった。
触れた炎は花火のように四方に散って、攻撃箇所は傷一つ残らなかった。
先程は怯んだかのように見えたが、今回は相手の動きに変化がない。何でだよ、と少年は地団駄を踏みそうになった。
今度はこっちの番だ、と言わんばかりに大カエルが動いた。
目の前の大きな口が開いた瞬間、舌の上に大量のオタマジャクシが居たのを少年は視認した。
転がるように十時方向へと回避した彼は、すぐさま背中の方へと視線を移す。
糸を引いた液体を纏ったヤカン大のオタマジャクシが、大量に地面へと吐き出されていた。あまりにもの気味の悪さに、少年は全身に鳥肌を立てた。
逃げ出したくて仕方ないが、脱出方法が分からない以上は何も出来やしない。仮に尻尾を撒いたところで、相手の跳躍距離が長いのは身に染みて理解していた。
追いつかれて気色の悪い攻撃を受けるならば、まずは邪魔者を処理しよう。そう考えた少年は、再び大カエルに向けて正拳突きからの炎を放つ。
先程と同じく、皮膚に触れた炎は散開するように消えてしまった。
「……そういう、ことかよ!」
大カエルが自分の方へと向いた時、踵を返した少年は退散するかの如く逃げ出した。
そうはさせるか、と大カエルも地面を一っ飛び。やがて自分の上空に陰が見えた時、彼は拳を固く握りしめた。
今度は突き出すのではなく、振り払うように右手を動かした。少年の手の動きに合わすかのように、炎は弧を描いて大カエルの土手腹へと放たれた。
いきなりの奇襲に対応できなかった相手は、そのまま三日月型の火柱へと突っ込む形になってしまう。
急制動した彼は、地面を蹴って後ろへ跳ぶ。
大きな一歩で着地した瞬間、目の前に大カエルが倒れ込む。
砂煙の向こうに大きな腹が横たわっているのを確認すると、少年は拳を突き出して炎を叩きこむ。
熱いのか、痛いのか、あるいはその両方か。大カエルがのたうち回り始めたのを見て、彼は自分の攻撃が効いているのを確信した。
左、右、左、右。両手を交互に突き出して、何発もの炎塊を敵に浴びせる。
少年の目論見通り、腹部が弱点のようだった。にも関わらず、仰向けになっているのが滑稽で仕方なかった。彼の攻撃に火達磨になった大カエルは、やがて炎の中で塵となって消失した。
そして気が抜けたのか、体力を使い果たしたのか。その場で膝をついた少年も、砂に抱き着くように意識を失った。
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